8月下旬に、カルバリーチャペル・ホノルルの運営するラジオ局が、ジョエル・ローゼンバーグ氏を、終末を話題にした伝道集会に招いた時の講演内容です。これは、ハワイのカルバリーチャペル牧師会議と同じ時期に行われたので、日本から、所沢、府中、西東京、那覇のそれぞれのカルバリーチャペルの牧師や宣教師も参加することができ、帰国した彼らから良い反応を聞くことができました。
ジョエル・ローゼンバーグ氏は、私の心の中では大きな影響を与えてくれた人です。とかくマニアックになりがちな聖書預言を、彼は伝道と宣教、また慈善活動において還元していく賜物を持っています。彼は「四つの法則」で有名な福音宣教団体キャンパス・クルセードに従事するかたわら生活のために政治の中で働いていましたが、ある時に政治の世界から身を引き、けれども「聖書預言が今の時代に起こったらどうなるのか」という前提で小説を書き始めました。その処女作の初版を寄稿したとき、自宅の上を911のハイジャック機が飛んでいました。自分の書いた小説と全く同じストーリーが、つまり飛行機をハイジャックして神風特攻隊のごとくアメリカの中枢部を打つ、というストーリーが展開した、ということであります。小説を書いたり、講演をしたり、そして何よりも中東地域への霊的、物質的働きかけをしている、すばらしい主のしもべです。彼がホノルルで行なった講演は、日本の信者も知らなければいけない、日本の状況、日本の教会の状況にそのまま当てはまる、基本的、普遍的内容であります。
ブログ記事”SERMON: REDISCOVERING THE POWER AND PURPOSE OF BIBLE PROPHECY — Part 1“から、少しずつ訳していきます。
【意訳】
ルカの福音書12:51-56に主イエスは、これらの言葉を語っています。「あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」群衆にもこう言われた。「あなたがたは、西に雲が起こるのを見るとすぐに、『にわか雨が来るぞ。』と言い、事実そのとおりになります。また南風が吹きだすと、『暑い日になるぞ。』と言い、事実そのとおりになります。偽善者たち。あなたがたは地や空の現象を見分けることを知りながら、どうして今のこの時代を見分けることができないのですか。」
一世紀、ローマ占領下のイスラエルの地では、大きな不安の中で人々は生きていました。自らの将来が不安でした。戦争、旱魃、飢饉、天災を恐れていました。彼らは必死に救世主を求めていました。けれども、イエスは彼らを責められたのです。なぜでしょう?イエスが叱られたのは、ヘブル人の聖書の預言が全てあるのに、その預言が来臨のメシヤが誰かを実に詳しく伝えているのに、神の御言葉の中でこれらの預言を注意深く学び、調べていなかったからです。彼らは預言を観察し、現在の出来事と比べることをしていなかったのです。彼らは「点と点を線で結んで」いなかったのです(注:異なる事実を結びつけて結論を引き出す.▼いくつもある点を線で結ぶと最後は絵ができあがるパズルから)。彼らは、聖書預言の力と目的を悟っていませんでした。イエスご自身が実にメシヤであられることを、彼らの只中に立っておられること、そして彼らを罪と悲しみから救おうとしておられたこと、救うことができるし、喜んで救いたいと願われていた事実を見落としていたのです。
今日、私たちも大きな不安の時代に生きています。自らの将来と世界の将来に不安を覚えています。イスラエルとイランの間に中東で大きな戦争が勃発する脅威が増大しています。ヨーロッパ諸国が経済破綻に陥っています。米国経済は大変な状況に陥り、財政的に道徳的に内的爆発する脅威が、非常に現実味を帯びています。暴力と殺人の波が、小さな町でさえもアメリカでは爆発しています。あらゆる形の天災に直面しています。酷い飢饉、歴史上稀に見る火事、深刻なハリケーンが再びメキシコ湾沿岸部で起きそうです。
驚くべきことは、これらの米国また世界の趨勢は、聖書預言の「終わりの日」が実に合致していることです。終わりの時の聖書預言が、私たちの周りでその通りになっているのを見ており、イエス・キリストの再臨が着実に近づいていることを教えています。しかしながら、実に少数の人しか神の御言葉を学んでいません。点と点を結んでいません。聖書預言の力と目的を理解していません。したがって、イエス・キリストがご自身に彼らを呼んでおられる事実を見失っているのです。イエス様は、彼らを罪と悲しみから救いたいと願っておられます。永遠の命を、豊かな命を無代価で与えたいと願っておられます。イエス様は、人の形として間もなく戻って来られるのです。
個人的に私は聖書預言に大変興味があり、その興味はほとんど自分の生涯の間、続いてきました。私は預言についてのノン・フィクションの本を書き、世界中で講演してきましたが、それは預言は興味をそそり、誰でも聞きたい人にはこれらの真理を分かち合いたいと強く願っているからです。同時に私は、「もし?」という前提の小説を書いています。つまり、もし、ある預言が私たちの時代に起こったらどうなるのか?ということです。どのようになるのか、どんな感じになるのか。いつ、どのようにこれらの出来事が実際のものとなるかは確実には分かりませんが、小説によって「戦争ゲーム(注:「机上演習」あるいは、戦争を模したゲーム)ができるわけです。人々に、これらの預言が何であるか、その意味や自分の生活にどう関わるのかを考えてもらうことができます。
(「その2」に続く)
「「聖書預言の力と目的を再発見する」 その1」への1件のフィードバック
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