歴代誌第一23−27章 「神の家の管理」


アウトライン

1A 宮の奉仕 23
2A 聖所の奉仕 24
3A 賛美 25
4A 門衛と宝物倉 26
5A 分団 27

本文

 歴代誌第一23章を開いてください、今日は23章から27章までを学びます。ここでのテーマは、「神の宮の管理」です。

1A 宮の奉仕 23
23:1 ダビデは老年を迎え、長寿を全うして、その子ソロモンをイスラエルの王とした。23:2 ついで、彼はイスラエルのすべてのつかさ、祭司、レビ人を集めた。

 列王記においては、第二列王記の初めにダビデの晩年とソロモンの即位が書かれていましたが、歴代誌においては第一歴代誌の最後のところに書かれています。私たちは前回、ダビデが人口調査を行なった罪によって、彼が神のさばきを受けたところを読みました。そのさばきは、ダビデがささげたいけにえによって贖われましたが、そのいけにえの祭壇の場所が、神殿の基となる場所となります。そしてダビデはその子ソロモンに、神殿を建てることを強く命じ、励まし、勧めました。

 そして今から読むところは、神殿が建設された後に行なう神殿奉仕と、神殿奉仕を中心にした国の行政です。彼がイスラエルの国の王となって、何を一番大切にしたかは歴代誌を読めば自ずとわかります。ダビデがサウルに代わって王となるとき、神の箱をエルサレムに携えてそれから神殿を建てる願いを持ってその準備を始め、そして神殿を中心にした国造りを考えたのは、彼の心が神ご自身にあり、詩篇の言葉にあるように、「ただ一つ、私の願い求めは、主の宮に住まうこと」であったのです。その彼の思いが、この国の管理の中に行政の中に現われます。

23:3 レビ人のうち、三十歳以上の者を数えたところ、ひとりずつ人数を調べた合計は三万八千であった。

 イスラエルが約束の地に向かったとき、主がモーセに民の人数を数えるように命じられ、三十歳以上五十歳未満のレビ人も数えるように命じられました。その時のレビ人の人数は約八万人でした(民数4:48)。したがってかなり減ったようです。

23:4 「そのうち、主の宮の仕事を指揮する者は二万四千、つかさとさばきつかさは六千、23:5 そして、四千人は門衛となり、四千人は私が賛美するために作った楽器を手にして、主を賛美する者となりなさい。」

 ダビデは、レビ人の働きをいくつかに分けます。多くが主の宮の仕事にあてがい、その他、賛美するための者たちと門衛の者たちがいます。その他、司法や行政に関わるレビ人も任命します。

23:6 そして、ダビデは彼らを組に分けた。レビ族を、ゲルション、ケハテ、メラリに分け、23:7 ゲルション人をラダンとシムイに分けた。

 ダビデはレビ人たちを氏族や家族に分けました。先祖にしたがって分けます。ゲルション族、ケハテ族、そしてメラリ族に分けます。ここ6節はゲルション氏族のかしらたちの名が書かれ、12節からケハテ族の名が、そして21節からメラリ族の名が記されています。

 ケハテ族の中に、アロンとモーセがいますが、アロンは祭司職であり13節を読むと、「アロンは、至聖所を聖別するために取り分けられた。それは、彼とその子らが、とこしえまでも主の前に香をたき、主に仕え、主の御名によって、とこしえまでも祝福するためである。」とあります。レビ人の中でも、アロンの子だけは聖所、また至聖所の中に入る働きをするために選ばれています。レビ記の学びの中で、これが、まことの聖所に入られてご自分の血をたずさえられた御子イエス・キリストの働きを予め示していることを話しました。そして24節です。

23:24 これは、それぞれ父祖の家に属するレビ族で二十歳以上になり、主の宮の奉仕の仕事をした者であり、ひとりひとり、その名が数えられ登録された一族のかしらたちであった。

 ダビデは初め、モーセの時のように三十歳以上のレビ人を数えましたが、奉仕はあまりにも多くてその働きの資格がある者を二十歳にまで下げたようです。

23:25 ダビデがこう言ったからである。「イスラエルの神、主は、御民に安息を与え、とこしえまでもエルサレムに住まわれる。23:26 レビ人も、幕屋を運んだり、奉仕に用いるすべての器具を運んだりする必要はない。」

 そうですね、ここがモーセによる神の幕屋との大きな違いです。幕屋は移動式であったのに対して、神殿はエモリ人オルナンから買い取った土地に永久にあるものです。そこに神の宮がとどまっているのは、もはやイスラエルが敵を恐れることなく穏やかに暮らすことができることを表わしていました。外部の敵を屈服させ平和が訪れた今、神の住まわれる所は移動式の幕屋から固定式の神殿へと移ったのです。レビ人らが神によって選ばれたその理由は、移動式の幕屋の器具をたたんで運び、また新しい場所で設置することでしたが、その働きが必要なくなった今、神殿についてのほかの奉仕を行ないます。

23:27 これらは、ダビデの最後のことばに従って数えられた二十歳以上のレビ族の数である。23:28 彼らの役目は、アロンの子らを助け、庭のこと、脇部屋のこと、きよめて聖なるものとすることに関する主の宮の奉仕をし、神の宮で奉仕をすることである。

 そうです、アロンの子らを助ける働きをします。

23:29 並べ供えるパン、穀物のささげ物である小麦粉、種を入れないせんべい、平なべ、混ぜ合わせたもの、また、各種の量や大きさを計ること。23:30 立って朝ごとに主をほめたたえ、賛美し、夕べにも同じようにすること。23:31 安息日、新月の祭りおよび例祭の時に、定められた数にしたがって絶やさずに主の前にささげる主へのすべての全焼のいけにえのこと。23:32 彼らは、会見の天幕の任務、聖所の任務、および、主の宮で奉仕をする彼らの同族アロンの子らの任務を果たさなければならない。

 アロンの末裔の祭司たちは、本当に主の前で祈り、いけにえをささげる礼拝行為に集中し、そのための準備や後片付けなどはすべて、レビ人が行なうようになりました。ダビデはまず、幕屋の時から変わったレビ人の奉仕を述べて、神殿礼拝を堅固なものにしようとしたのです。

2A 聖所の奉仕 24
 そして聖所の中に奉仕を執り行うアロン直系の祭司らの名が記されています。

24:1 アロンの子らの組分け。アロンの子らは、ナダブ、アビフ、エルアザル、イタマル。24:2 ナダブとアビフはその父に先立って死に、彼らには子どもがなかったので、エルアザルとイタマルが祭司の務めについた。

 アロンの息子は四人いましたが、初めの二人は祭司任命式の時に異なる火をささげたために、火で焼き尽くされてしまいました。アロンの子らは、残りの二人の息子エルアザルとイタマルの子孫となりました。

24:3 ダビデは、エルアザルの子孫のひとりツァドク、およびイタマルの子孫のひとりアヒメレクと協力して、彼らをそれぞれの奉仕に任命し、それぞれの組に分けた。24:4 エルアザルの子孫のほうが、イタマルの子孫よりも一族のかしらが多かったので、エルアザルの子孫は、父祖の家のかしらごとに十六組に、イタマルの子孫は、父祖の家ごとに八組に分けられた。24:5 彼らはくじを引いて互いにそれぞれの組に分かれた。聖所の組のつかさたち、神の組のつかさたちは、エルアザルの子孫の中にも、イタマルの子孫の中にもいたからである。24:6 レビ人の出の書記、ネタヌエルの子シェマヤが、王とつかさたち、および祭司ツァドクとエブヤタルの子アヒメレク、それに祭司とレビ人の一族のかしらたちの前で、それらを書きしるした。エルアザルの父祖の家を一つ一つ、イタマルのを一つ一つ。

 そして7節から18節までに、二十四の組に分けられたことが書かれています。

24:19 これは主の宮にはいる彼らの奉仕のために登録された者たちで、彼らの先祖アロンがイスラエルの神、主の彼に命じられたところによって、定めたとおりである。

 二十四組あるのですから、一年は十二ヶ月で、一つの組が奉仕をするのは約二週間ということになります。10節に出てくるアビヤの組はルカによる福音書1章にも出てきて、バプテスマのヨハネの父ザカリヤが、アビヤの組の者であり、香壇など聖所で奉仕をする役が与えられていました。

 そして20章以降には、他のレビ人のかしらたちの名が記されています。31節に飛びます。

24:31 彼らもまた、彼らの同族であるアロンの子らと全く同じように、ダビデ王とツァドクとアヒメレク、および祭司とレビ人の一族のかしらたちの前で、くじを引いた。一族では、かしらもその弟と全く同じであった。

 アロンの子らがダビデやつかさたち、また祭司たちの前で、くじが引かれ、その奉仕の割り当てが決められたように、レビ人のかしらもダビデや祭司たちの前でくじを引き、その役割が割り当てられました。ダビデは独裁者ではなく、主の前で互いに責任関係をもった奉仕者たちの間で任命を行ないました。教会も同じです。各人の奉仕は、主の前で皆が祈り、認めているところで初めて、教会全体の益になるための、一つのからだとなるための任命が行なえます。

3A 賛美 25
25:1 また、ダビデと将軍たちは、アサフとヘマンとエドトンの子らを奉仕のために取り分け、立琴と十弦の琴とシンバルをもって預言する者とした。その奉仕に従って、仕事についた者の数は次のとおりである。

 神殿礼拝において特徴的なのは、この賛美する奉仕です。これまでも戦いに勝った時など、歌による賛美の記録はありましたが、制度化されたのはここが初めてです。ダビデがいかに、主を頭ではなく自分の心の中で受け入れていた人であるかが、ここからもうかがい知ることができます。でも実は、これは天における真実に近づいたのです。天における神の御座の幻を見れば、そこでは御使いやその他の天的存在が、絶え間なく主を賛美して礼拝をささげている姿を見るからです。黙示録には、立琴など楽器も登場します。歌をうたうことは、とこしえに時間を過ごすところの天において、中心的な活動の一つになるのです。

25:2 アサフの子では、ザクル、ヨセフ、ネタヌヤ、アサルエラ。これらはアサフの子で、王の指揮に従って、預言するアサフの指揮下にあった。

 すでに出てきましたが、アサフが賛美を指導する主な人物でした。

25:3 エドトンについて。エドトンの子は、ゲダルヤ、ツェリ、エシャヤ、シムイ、ハシャブヤ、マティテヤの六人。立琴をもって主をほめたたえ、賛美しながら預言する彼らの父エドトンの指揮下にあった。

 賛美をしながら預言するとありますが、主を賛美するなかで御霊によって感化されて、預言の賜物が用いられて、主のことを語ったのでしょう。教会の中でも、コリント第一14章の中で、「それぞれの人が賛美したり、教えたり、黙示を話したり、・・・(26節)」とあります。またエペソ5章にも、「詩と賛美と霊の歌をもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。(19節)」とあります。カルバリーチャペルが行なっている「アフターグロー(afterglow)」においても、まず賛美の歌をうたい、それから主によって示された人々が預言による励まし、慰め、健徳の言葉を語ります。

25:4 ヘマンについて。ヘマンの子は、ブキヤ、マタヌヤ、ウジエル、シェブエル、エリモテ、ハナヌヤ、ハナニ、エリヤタ、ギダルティ、ロマムティ・エゼル、ヨシュベカシャ、マロティ、ホティル、マハジオテ。25:5 これらはみな、神のことばに従って、角笛を高く上げる王の先見者ヘマンの子らであった。神はヘマンに息子十四人と、娘三人を与えられた。25:6 これらはみな、その父の指揮下にあって、シンバル、十弦の琴、立琴を手に、主の宮で歌を歌って、王の指揮の下に神の宮の奉仕に当たる者たちである。アサフ、エドトン、ヘマン、25:7 彼らおよび主にささげる歌の訓練を受けた彼らの同族・・彼らはみな達人であった。・・の人数は二百八十八人であった。

 彼らは非常に音楽においても秀でている人たちでありました。けれども次のように書かれています。

25:8 彼らは、下の者も上の者も、達人も弟子も、みな同じように任務のためのくじを引いた。

 上下関係や能力の差に関係なく、賛美の奉仕を行ないます。それは、彼らは神に選ばれたからです。神に任命を受けた、それだけの理由で奉仕を行なうのです。いかに能力があるのか、ではなく、その人が神からの油注ぎを受けているのかどうか、つまり任命されているのかどうかが大事なのです。

 そして9節からくじが引かれますが、十二人の組が二十四組あります。先ほどの祭司の奉仕も二十四組に分かれましたが、ここで思い出すのは黙示録にて、天の御座の周りにいる長老たちの人数です。彼らも二十四人です。天における秩序を、ダビデは御霊によって示されて、このように二十四の数による秩序を神殿にも設けたのです。

4A 門衛と宝物倉 26
26:1 門衛の組分け。コラ人ではアサフ族のコレの子メシェレムヤ。26:2 メシェレムヤには子どもがあった。長男ゼカリヤ、次男エディアエル、三男ゼバデヤ、四男ヤテニエル、26:3 五男エラム、六男ヨハナン、七男エルエホエナイ。26:4 オベデ・エドムには子どもがあった。長男シェマヤ、次男エホザバデ、三男ヨアフ、四男サカル、五男ネタヌエル、26:5 六男アミエル、七男イッサカル、八男ペウルタイ。神が彼を祝福されたからである。

 門番です。教会でいうならば、ちょうど案内係でしょうか。教会の礼拝における秩序を保たせるために、案内役の人たちは全体を見回す必要がありますが、門番たちもそれ以上にさまざまな仕事がありました。メシェレムヤの家族には七人の息子がおり、オベデ・エドムは八人いました。覚えていますか、彼の家に神の箱がしばらくとどまって、それゆえ神が彼の家を祝福されました。

26:6 彼の子シェマヤに子どもたちが生まれた。彼らは勇士だったので、その父の家を治める者となった。26:7 シェマヤの子は、オテニ、レファエル、オベデ、エルザバデ・・彼の兄弟は勇者、エリフとセマクヤ。26:8 これはみな、オベデ・エドムの子たちで、彼らとその子、兄弟たちは、その奉仕にふさわしい力のある勇敢な人であった。オベデ・エドムに属する者は六十二人であった。26:9 メシェレムヤには子どもと兄弟たちがあり、彼らは勇者で、十八人であった。

 門番は礼拝を妨げるものから人々を守る働きがありますから、勇者である必要がありました。そして10節以降にメラリ族の息子たちが書いてありまして、12節に飛びます。

26:12 門衛のこれらの各組に対し、主の宮で仕える任務が、彼らのかしらごとに、彼らの兄弟たちと全く同じように割り当てられた。26:13 こうして、彼らは、下の者も上の者もひとしく、その父祖の家ごとに、一つ一つの門についてくじを引いた。

 先に話しましたように、上下関係に差はなく、ひとしく奉仕があてがわれます。

26:14 すると、東方のくじはシェレムヤに当たった。彼の子で思慮深い議官ゼカリヤのためにくじが引かれ、彼のくじは北方と出た。26:15 オベデ・エドムには南方、彼の子らには倉、26:16 シュピムとホサには西方、それに上り坂の大路のシャレケテ門が当たった。見張りの組と組とは並び合っていた。26:17 東方には六人のレビ人、北方には毎日四人、南方には毎日四人、倉にはふたりずつ、26:18 西方の前庭には、大路に四人、前庭にふたりであった。26:19 以上は、コラ族とメラリ族の門衛の組分けである。

 東西南北を門衛は守りました。この方角も、黙示録に描かれている天のエルサレムの幻にそっくりです。2113節に、「東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。」とあります。

26:20 レビ人のアヒヤは、神の宮の宝物倉および聖なるささげ物の宝物倉をつかさどった。

 20節からは神殿の中にある宝物倉です。それを守り、管理する人たちの名が記されています。これらがどこから来ているかが26節以降に書かれています。

26:26 このシェロミテと彼の兄弟たちは、ダビデ王と一族のかしらたち、および、千人隊の長、百人隊の長たち、将軍たちが聖別してささげた聖なるささげ物のすべての宝物倉をつかさどった。26:27 彼らは、戦いで得た分捕り物を、主の宮を修理するために聖別してささげた。26:28 すべて予見者サムエル、キシュの子サウル、ネルの子アブネル、ツェルヤの子ヨアブが聖別してささげた物、すなわち、すべての聖なるささげ物は、シェロミテとその兄弟たちにゆだねられた。

 戦いにおいて、膨大な量の分捕物がありましたがそれらを聖別して、主にささげられました。

 このようにして、神殿における奉仕に多くのレビ人が任命されましたが、29節にはレビ人によるイスラエル全地域の管理が書かれています。

26:29 イツハル人のうち、ケナヌヤとその子らは、イスラエルに関する外の仕事につき、つかさとさばきつかさとなった。26:30 ヘブロン人のうち、ハシャブヤとその同族の者は勇者であり、千七百人いたが、ヨルダン川を渡った所から西方に至る地域のイスラエルの管理に当たり、すべての主の仕事、王への奉仕に当たった。

 神殿はレビ人、他の地域は関係ないではなく、他の地域にも霊的奉仕者であるレビ人にその管理、行政をダビデは任せました。それは国全体が、神中心に回るようにするためです。イスラエルの民が他の異邦人とは異なり、神の支配を受けてその国民生活を送るためです。

26:31 ヘブロン人のうち、エリヤは、その一族その家系によるヘブロン人のかしらであった。ダビデの治世の第四十年に、彼らは調べられ、そのとき彼らのうちにギルアデのヤゼルで勇士が見いだされた。

 ダビデの治世の第四十年ですから、ダビデが今、この世を去るときに彼らは選ばれました。

26:32 彼の同族の者たちは勇者であって、二千七百人いたが、一族のかしらたちであった。ダビデ王は彼らを、ルベン人、ガド人、マナセ人の半部族の上に任命し、すべて神に関する事がら、王に関する事がらに当たらせた。

 ヨルダン川の東にいる二部族半に対してもレビ人の行政にしました。地理的な状況から、彼らがもっとも主への礼拝から離れてしまうような存在でありましたが、ダビデは彼らも主から離れることのないようにする配慮をしたのです。

5A 分団 27
 こうしてレビ人による神殿礼拝とイスラエルの行政が語られて後、27章の軍務について書かれています。

27:1 イスラエル人、すなわち、一族のかしらたち、千人隊の長、百人隊の長たち、および彼らのつかさたちは、王に仕えて一年のすべての月を通じ、月ごとの交替制にしたがって、各分団のすべての事に当たったが、その人数は一つの分団が二万四千人であった。

 一年間で十二部隊あるので、それぞれが一ヶ月間、徴兵されて王に仕えます。2節以降に出てくる名前は、その多くがあの三十人の勇士です。例えば6節に、「彼は、あの三十人の勇士のひとり、三十人の長のベナヤである。」とあります。ダビデは彼らのことをさぞかし誇っていたでしょうが、けれどもそれは国にとってさほど重要ではありませんでした。

 いや、彼は主に軍人の数を数えようとして、人口調査をしたのです。周囲の国々と同じように、その軍事力を誇りたかったのです。しかしそれは彼に与えられた神をまっすぐに礼拝する心には、あまりにも良心を自ら傷つける行為でした。彼は馬や戦車を誇るのではなく、主の御名を誇ることを最も願っていたのです。ですから、死ぬ真際にソロモンを即位させてからすぐに整えた国の行政は神殿を中心に回っており、軍事力は大切ではありますが、あくまでも二の次だったのです。その証拠に23節に人口調査のことが記されています。

27:23 ダビデは二十歳以下の人々は数に入れなかった。主がイスラエルを天の星のようにふやそうと言われたからである。27:24 ツェルヤの子ヨアブが数え始めたが、終わらなかった。このため、御怒りがイスラエルの上に下って、その数はダビデ王の年代記の統計には載らなかった。

 ダビデに与えられていたのは、アブラハムへの約束に基づく無尽蔵の祝福です。これを数えることによって自分のものにしようとしたのが、彼の間違いであり、罪でした。

27:25 王の宝物倉をつかさどったのは、アディエルの子アズマベテ。野と町々と村々とおのおののやぐらにある宝物倉をつかさどったのは、ウジヤの子ヨナタン。27:26 土地を耕して畑仕事をする者たちをつかさどったのは、ケルブの子エズリ。27:27 ぶどう畑をつかさどったのは、ラマ人シムイ。ぶどう酒の倉にあるぶどう畑の産物をつかさどったのは、シェファム人ザブディ。27:28 低地にあるオリーブの木といちじく桑の木をつかさどったのは、ゲデル人バアル・ハナン。油の倉をつかさどったのはヨアシュ。

 レビ人の管理の他に、イスラエルの生産物の管理は一般のイスラエル人が行なっていました。

27:29 シャロンで飼われる牛の群れをつかさどったのは、シャロン人シルタイ。谷にいる牛の群れをつかさどったのは、アデライの子シャファテ。27:30 らくだをつかさどったのは、イシュマエル人オビル。雌ろばをつかさどったのは、メロノテ人エフデヤ。27:31 羊の群れをつかさどったのは、ハガル人ヤジズ。これらはみな、ダビデ王の所有する財産の係長であった。

 家畜の管理です。ソロモンがこの管理によって、日ごとに大量の家畜による食事を出しました。

27:32 ダビデのおじヨナタンは議官であり、英知の人で、彼は書記でもあった。ハクモニの子エヒエルは王の子らとともにいた。27:33 アヒトフェルは王の議官で、アルキ人フシャイは王の友であった。27:34 アヒトフェルの跡を継いだのは、ベナヤの子エホヤダとエブヤタルであり、王の将軍はヨアブであった。

 最後の最後に、ダビデの側近と将軍の名が記されています。(アヒトフェルは、途中でダビデを裏切り、自殺したので、エホヤダとエブヤテルに議官が受け継がれています。)彼らは非常に重要な役割を持っていたと同時に、この順番にふさわしく、もっとも最後に記される名、つまり仕える存在でありました。こんなにも、ダビデは神の国の秩序を、イエスさまの権威を見事に反映していました。このことによって、人々は神をいつも生活の中心に見ることができるようになり、ダビデ王国というよりもむしろ、神の国と呼ばれるにふさわしい国造りをすることができたのです。

 私たちはどうでしょうか?教会の中に、神の秩序があるでしょうか?私たちは、神の御霊の宮と呼ばれており、建物ではなく私たち自身の集まりが神殿であると新約聖書は言っています。私たちにも、ダビデのように治める賜物が与えられている人に神からの力と知恵が与えられるように願い求め、いつも神を中心に動くことができるように支えましょう。


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