歴代誌第二1−4章 「異邦人に及ぶ王国」


アウトライン

1A 王の祈り 1
   1B 全焼のいけにえ 1−6
   2B 神の知恵と知識 7−13
   3B 軍備増強 14−17
2A 神殿建設 2−4
   1B 異邦人の参加 2
      1C 主の名のための宮 1−10
      2C ツロ王の応答 11−18
   2B 神殿と祭具 3
      1C 神殿敷地 1−7
      2C ケルビムの至聖所 8−14
      3C 二本の柱 15−17
   3B 青銅の祭具 4
      1C 用具 1−10
      2C 装飾 11−22

本文

 それでは歴代誌第二1章を開いてください、今日は1章から4章まで学びます。メッセージ題は、「異邦人に及ぶ王国」です。

1A 王の祈り 1
1B 全焼のいけにえ 1−6
1:1 さて、ダビデの子ソロモンは、ますます王権を強固にした。彼の神、主は彼とともにおられ、彼を並みはずれて偉大な者とされた。

 歴代誌第一は、ダビデの王国によって終わりました。彼がソロモンを全イスラエルの前に出し、彼の王権の下で神殿建設を行なうように促しました。主がダビデを高め、力も偉大さも彼にお与えになりましたが、ソロモンはさらにまして王権が強固になりました。主がともにおられたからです。

1:2 ソロモンは全イスラエル、千人隊、百人隊の長、さばきつかさ、および一族のかしらである、全イスラエルの上に立つ者すべてに向かって語り、1:3 ソロモンおよび彼とともにいた全集団はギブオンにある高き所に行った。そこには、主のしもべモーセが荒野で造った神の会見の天幕があったからである。1:4 ・・しかし、神の箱については、ダビデはこれをキルヤテ・エアリムから、ダビデがそのために定めておいた場所に運び上らせた。箱のために天幕をエルサレムに張っておいたからである。・・

 イスラエルが約束の地に入ってから、モーセを通して造られた神の幕屋は、何度か場所を変えながら存続していました。ペリシテ人によって奪い取られ、そして神ご自身のペリシテ人に対する災いによってイスラエルに取り戻され、それからしばらしくして、ダビデがこの箱を自分の町に持ってきて、宮殿のそばに張った幕屋の中に安置させていました。けれども、そのモーセによって造られた神の幕屋が存続しており、そこでいけにえがささげられていました。今、ソロモンは、イスラエルのかしら全員の前で、いけにえをささげる儀式に参加させていたのです。王として、イスラエルの民を神に引き寄せるべく、彼は努力していました。

1:5 また、フルの子ウリの子のベツァルエルが造った青銅の祭壇を主の幕屋の前に置き、ソロモンと会衆は主に求めた。1:6 ソロモンはその所で主の前にある青銅の祭壇の上に・・その壇は会見の天幕の所にあった。・・いけにえをささげた。すなわち、その上で一千頭の全焼のいけにえをささげた。

 主の幕屋の入口から中にはいると、すぐに青銅の祭壇が見えます。その青銅の祭壇で全焼のいけにえ ― 神に献身することを表明するいけにえですが ― を携えて来ました。頭数がものすごいですね、一千頭をささげています。

2B 神の知恵と知識 7−13
1:7 その夜、神がソロモンに現われて、彼に仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」

 全焼のいけにえをささげたその夜に、神がソロモンに現われています。ソロモンが自身を主におささげしているときに、現われてくださったのです。使徒行伝では、異邦人ですがコルネリオという百人隊長が、神を恐れかしこみ、ユダヤ人に施しをし、いつも神に祈っていた中で、御使いが彼に現われました(10:23参照)。私たちは、神に語りかけられたい、神が何をお考えになっているか知りたいと願いますが、自分自身を神にささげておらずして、語りかけられることはありません。まず、自分のからだを生ける供え物としてささげるとき、神が親密に語りかけてくださいます。

 そして、「あなたに何を与えようか。願え。」と主は聞かれています。もし自分が同じ質問を神さまからかけられたときに、どのように答えるでしょうか?そのことを考えながら、次の文章を読んでください。

1:8 ソロモンは神に言った。「あなたは私の父ダビデに大いなる恵みを施されましたが、今度は父に代わって私を王とされました。1:9 そこで今、神、主よ、私の父ダビデになさったあなたの約束を堅く守ってください。あなたは、地のちりのようにおびただしい民の上に、私を王とされたからです。1:10 今、知恵と知識を私に下さい。そうすれば、私はこの民の前に出はいりいたします。さもなければ、だれに、この大いなる、あなたの民をさばくことができましょうか。」

 この前の学びで、ダビデが何度も、ソロモンに恐れてはならない、雄々しくあれと声をかけ、全イスラエルの前でも、彼は若く、力がないことを話しました。そのことをソロモン自身が一番よく分かっていました。あなたが私を王とされたのですが、彼らを治めるのに必要な判断力や知識が足りない、どうかそれを与えてください、と祈ったのです。ヤコブは次のように信者に勧めました。「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。(ヤコブ1:5

1:11 神はソロモンに仰せられた。「そのようなことがあなたの心にあり、あなたが富をも、財宝をも、誉れをも、あなたを憎む者たちのいのちをも求めず、さらに長寿をも求めず、むしろ、私があなたを立てて私の民の王としたその民をさばくことができるようにと、自分のために知恵と知識を求めたので、1:12 その知恵と知識とはあなたのものとなった。そのうえ、私はあなたの前の、また後の王たちにもないほどの富と財宝と誉れとをあなたに与えよう。」

 「何でもいいから、願ってみなさい。それを与えよう。」と神に言われたら、私たちの心の中に何が初めに思いつきますか?何でも良いのです。そうしたら、お金だったり、宝石だったり、嫌な奴をやっつけてください、と思ったり、長生きできるように願ったりするかもしれません。けれども、今ソロモンの思いの中には、自分が神から与えられた任務をどのように果たすことができるのか、それが不安だったので知恵と知識を求めたのです。

 私たちの心の中にあることが、神さまからのこの質問によって露にされます。神から言われていることを、いやいやながら行なっていたり、肉の欲を満たしたいと思っているけれどもただそれを我慢していたり、表向きクリスチャンらしくふるまっているだけなら、この質問をされたらそれらのことが出てくるでしょう。けれども、本当にこれらの肉の思いがいやで、そしていつも神さまと交わりをしていて、心から神さまの霊的な財産を求めているならば、その思いが願いの中に現われるでしょう。私たちの心はどこにあるでしょうか?

 そして神は、知恵と知識の他に、求めなかった富と財宝と誉れも付け加えて与えられます。イエスさまが、「神の国とその義を第一に求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」と言われたとおりです。私たちは満たされなくて、どうか良い友達が与えられるように、またどうか良い教会が与えられるように、またどうか良い旦那さん、あるいは奥さんが与えられるように、と祈ります。が、大事なのは主ご自身であり、主を第一としているときに、自分に必要な友人、教会、伴侶を与えてくださるのです。

1:13 こうして、ソロモンはギブオンにある高き所から出て行き、会見の天幕の前を去ってエルサレムに行き、イスラエルの王となった。

 神に祈り、神からの語りかけを受けたソロモンは、エルサレムに戻って王としての公務を始めました。

3B 軍備増強 14−17
1:14 ソロモンは戦車と騎兵を集めたが、戦車一千四百台と、騎兵一万二千人が彼のもとに集まった。そこで、彼はこれらを戦車の町々に配置し、また、エルサレムの王のもとにも置いた。1:15 王は銀と金とをエルサレムで石のように用い、杉の木を低地のいちじく桑の木のように大量に用いた。1:16 ソロモンの所有していた馬は、エジプトとケベの輸出品であった。それは王の御用達が代価を払って、ケベから手に入れたものであった。1:17 彼らはエジプトから、戦車を銀六百、馬を銀百五十で買い上げ、輸入していた。同様に、ヘテ人のすべての王も、アラムの王たちも、彼らの仲買で輸入した。

 神さまに知恵と知識を求めたソロモンですが、その知恵と知識の内容は王の公務を行なうための知恵と知識であり、主ご自身との関係にある知恵と知識ではありませんでした。なんでそういうことが言えるかといいますと、彼が祈ってエルサレムに戻ってから、主からやってはいけないと命じられていることを行なっているからです。

 ここでソロモンは、軍備を強化するために戦車と騎兵を多数集めました。そして、馬はエジプトがその販売の世界有数の国だった、エジプトから買い取りました。他のアラムの王たちと同じように、ソロモンも輸入したわけです。けれども申命記17章には、モーセが主によって語ったことばに、次のようなものがあります。14節からです。「あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地にはいって行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが、「回りのすべての国々と同じく、私も自分の上に王を立てたい。」と言うなら、あなたの神、主の選ぶ者を、必ず、あなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない外国の人を、あなたの上に立てることはできない。王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬をふやすためだといって民をエジプトに帰らせてはならない。「二度とこの道を帰ってはならない。」と主はあなたがたに言われた。多くの妻を持ってはならない。心をそらせてはならない。自分のために金銀を非常に多くふやしてはならない。彼がその王国の王座に着くようになったなら、レビ人の祭司たちの前のものから、自分のために、このみおしえを書き写して、自分の手もとに置き、一生の間、これを読まなければならない。それは、彼の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばとこれらのおきてとを守り行なうことを学ぶためである。それは、王の心が自分の同胞の上に高ぶることがないため、また命令から、右にも左にもそれることがなく、彼とその子孫とがイスラエルのうちで、長くその王国を治めることができるためである。(14-20節)

 つまり、イスラエルが王を求めた時点で、他の周囲の国々と同じようになりたいという不純な動機から求めていた、ということです。ですから、王となる者は他の異邦人が行なっていることと同じようなことをしてしまう誘惑があるわけです。妻を多く持つこと、そして馬を多くふやしてはいけないのです。これらは他の王たちが当たり前のように行なっていたのですが、イスラエルの上に立てられた王は、その民を神に導く大きな役目がありました。だから、他の王たちが行なっているように馬をふやして、それでエジプトに下ることはしてはならない、と命じられているのです。エジプトからイスラエルは救い出されたのです。まぜまたその奴隷状態に戻ることができましょうか。けれどもソロモンは、戦いのための馬を調達するためにイスラエル人をエジプトに下らせたのです。

 今読んだ申命記の箇所にあるように、イスラエルの王は何よりも、祭司たちから神の律法を特別に用意してもらい、この律法から右にも左にもそれることなく守り行なうことがその務めでした。このことをダビデは晩年に、王位をソロモンに移すときにもっとも強調しました。神殿建設も強調しましたが、それよりも、自分の心が神とともにおり、神の戒めと定めを守りなさいという勧めを行なったのです。「そこで今、わが子よ、主があなたとともにおられ、主があなたについて語られたとおり、あなたが、あなたの神、主の宮をりっぱに建て上げることができるように。ただ、主があなたに思慮と分別を与えて、あなたをイスラエルの上に任命し、あなたの神、主の律法を守らせてくださるように。主がイスラエルについてモーセに命じられたおきてと定めをあなたが守り行なうなら、あなたは栄える。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。(1歴代誌22:11-13」とダビデはソロモンに言いました。

 ですから、私たちが求めるべきものは、主のための働きのための知識や知恵もそうなのですが、それ以上に主との人格的・個人的関係の知識と知恵なのです。コロサイ書2章3節に、「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」とあります。またペテロ第二の手紙の最後に、「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。(3:18」とあります。けれどもソロモンは、いけにえはたくさんささげますが、ダビデのような、神を知り、神を慕い求める心を最も大事にするような礼拝ではありませんでした。主は愛しているけれども、主ご自身ではなく、神についての周辺的な事柄を愛しているとき、人の心は次第に神の心から離れてしまいます。

2A 神殿建設 2−4
1B 異邦人の参加 2
1C 主の名のための宮 1−10
2:1 さて、ソロモンは主の名のための宮と自分の王国のための宮殿とを建てようと考えた。2:2 ソロモンは、荷役人夫七万人、山で石を切り出す者八万人、彼らを指揮する者三千六百人の人数をそろえた。

 ソロモンは、父に言われたように神殿建設と宮殿の建設にとりかかろうとしています。

2:3 ソロモンはツロの王フラムのもとに人をやって言わせた。「あなたが私の父ダビデに行ない、父の住む家を建てるための杉材を送ってくださったように、私にもしていただけないでしょうか。2:4 実は、私も、私の神、主の名のために宮を建てて、これを主にささげ、主の前にかおりの高い香をたき、パンを常に並べ供え、また、朝ごと夕ごとに、また安息日ごと新月の祭りごとに、私たちの神、主の例祭ごとに、全焼のいけにえをささげようとしています。このことは、とこしえにイスラエルに命じられているのです。

 ソロモンは、神殿を建てるのに異邦人の王フラムにその材料を調達してくれるように頼んでいます。かつてダビデが自分の宮殿を建てるときに、その杉材を彼に頼んでいました。

2:5 私が建てる宮は壮大な宮です。私たちの神は、すべての神々にまさって偉大な神だからです。

 そうですね、偶像の神々はそれらが住むとされる宮がありましたが、イスラエルの神はこれらの神々にまさった偉大であることを示さなければいけません。だから神殿の壮大でなければいけないと話しています。私たちは、ソロモンと同じように、神さまにささげるものは偉大なものでなければいけません。偉大というか、最善のものではなければいけません。マラキ書には、残り物のささげもの、つまり体に欠陥のある牛や羊を祭司たちがささげていたので、そのことを主が咎めています。私たちが神さまに関するものを粗末に扱っているならば、それによって私たちの神が他の神々に比べてまさっていることを示すことはできません。自分の献金が給料の初めに用意されているか、教会がきちんと清掃され、補修されているか、などです。

2:6 天も、天の天も主をお入れできないのに、いったいだれが主のために宮を建てる力を持っているというのでしょうか。また、主のために宮を建てるというこの私は、いったい何者でしょう。ただ主の前に香をたくためだけの者です。

 ここは大事な概念です。神殿を建てると言っても、そこの中に神を入れることは決してできません。いや、この宇宙でさえも神を入れるのには小さすぎるのです。他の神々は地域や場所に限定される神です。しかし私たちの神は、至る所におられる遍在されている方です。だから私たちも、自分の教会に来たら、そこにだけ神がおられると考えてはいけません。教会では、聖なる者とされた人らしくふるまうけれども、教会から出ていくと世の中の人と何ら変わりなく生きていくのであれば、私たちは教会を、他の偶像の宮と同じようにしてしまっていることと等しいのです。

2:7 そこで今、私のもとに、金、銀、青銅、鉄の細工に長じ、紫、紅、青などの製造に熟練した人で、各種の彫り物の技術を心得ている人を送ってください。私の父ダビデが備えておいたユダとエルサレムにいるこちらの熟練した者たちもいっしょに働きます。2:8 それから、私のもとに、杉、もみ、びゃくだんの木材をレバノンから送ってください。私はあなたのしもべたちがレバノンの木を切ることに熟練していることを知っております。もちろん、私のしもべたちも、あなたのしもべたちといっしょに働きます。2:9 私のために、木材を多量に用意させるためです。私の建てる宮は壮大であり、みごとなものだからです。2:10 お聞きください。私は、木を切り出し、材木を切る者たちのため、あなたのしもべたちのために食糧として小麦二万コル、大麦二万コル、ぶどう酒二万バテ、油二万バテを提供します。」

 杉材とともに、職人たちも用意してください、とお願いしています。職人たちのための生活費や給料も支払います、と言っています。

2C ツロ王の応答 11−18
2:11 ツロの王フラムは文書を送ってソロモンに言った。「主はご自身の民を愛しておられるので、あなたを彼らの上に立てて王とされました。」2:12 さらに、フラムは言った。「天と地とをお造りになったイスラエルの神、主はほむべきかな。主はダビデ王に、思慮と悟りとを備えた知恵ある子を授け、主のための宮と、自分の王国のための宮殿とを建てさせられるのです。

 フラムは異邦人でありながら、ダビデによってヤハウェなる神を認めました。ダビデが良い証を立てていたのでしょう、すばらしいことです。

2:13 今、私は才知に恵まれた熟練工、職人の長フラムを遣わします。2:14 彼はダンの娘たちのうちのひとりの女から生まれた者であり、彼の父はツロの人です。彼は、あなたの熟練工と、あなたの父、私の主ダビデの熟練工とともに、金、銀、青銅、鉄、石材、木材の細工を心得、紫、青、白亜麻布、紅などの製造を心得、彼にゆだねられたあらゆる種類の彫り物を刻み、彼の創案に任されたすべてのものを巧みに設計することのできる男です。

 かつて、モーセによって神の幕屋が造られたとき、その中の用具の細工ために、ベツァルエルという人が神から任命されました。同じように今、職人の長が選ばれています。フラムという人ですが、彼はイスラエル人とツロの混血のようです。少しばかりでもイスラエルの影響を受けている者が選ぶことによって、イスラエルを喜ばせたかったからでしょう。

2:15 今、私の主が語られた小麦と大麦、油とぶどう酒を、そのしもべたちにお送りください。2:16 私たちのほうでは、お入用なだけレバノンから木材を切り、これをいかだに組んで、海路をヤフォまであなたのもとにお届けします。そこからあなたがこれをエルサレムに運び上ってください。」

 これで取引きが成立しました。

2:17 ソロモンは、彼の父ダビデが行なった人口調査の後、イスラエルの地にいる在留異国人全員の人数を調べたが、十五万三千六百人いた。2:18 彼は、その中から七万人を荷役人夫に、八万人を山で石を切り出す者に、三千六百人を民の労働を指揮する者にした。

 彼は、イスラエル人のほかにこのようにツロからの異邦人や在留異国人を神殿建設に関わらせています。そして実際の神殿の中身が次から書かれています。

2B 神殿と祭具 3
1C 神殿敷地 1−7
3:1 こうして、ソロモンは、主がその父ダビデにご自身を現わされた所、すなわちエルサレムのモリヤ山上で主の家の建設に取りかかった。彼はそのため、エブス人オルナンの打ち場にある、ダビデの指定した所に、場所を定めた。3:2 彼が建設に取りかかったのは、その治世の第四年、第二の月の二日であった。

 ここで非常に重要なのは、モリヤの山上という場所です。ダビデが買い取った、エブス人オルナンの打ち場は、以前学びましたように、かつてアブラハムがイサクを全焼のいけにえとしてささげなさいと主に命じられたモリヤの山と同じところにありました。アブラハムがイサクをささげるその命令は、後に神ご自身が御子キリストによって行なわれることを予表していました。そして実際、イエス・キリストはこのエルサレムにある山において、十字架につけられ息を引き取られました。

3:3 神の家を建てるために、ソロモンの据えた礎は次のとおりである。長さは先代の尺度のキュビトにしたがって六十キュビト。幅は二十キュビト。3:4 前の玄関は、長さが神殿の幅と同じ二十キュビト、高さは百二十キュビトとし、その内側には純金を着せた。3:5 この大きな家はもみの木材でおおい、良質の金を着せ、さらに、その上になつめやしの木の彫刻と鎖を置き、3:6 宝石の装飾でこの神殿をおおった。ここに用いた金はパルワイムの金であった。3:7 この神殿の梁にも、敷居にも、壁にも、とびらにも金を着せ、壁にはケルビムを刻んだ。

 神殿の建物そのものの説明ですが、大きさは主の幕屋の二倍になります。長さが約26.4メートル、幅が約8.8メートルです。そして長方形状の建物のほかに玄関としての部屋が付いています。

2C ケルビムの至聖所 8−14
3:8 ついで、至聖所を造ったが、その長さはこの神殿の幅と同じ二十キュビト、その幅も二十キュビトとし、これに六百タラントに当たる良質の金を着せた。3:9 釘の重さは金五十シェケルであった。屋上の間にも金を着せた。

 神殿にも金箔がはられていましたが、ここではさらに潤沢に金を使用しています。神の御座を表わすところですから、栄光の輝きが必要です。

3:10 至聖所の中に、鋳物のケルビムを二つ作り、これに金を着せた。3:11 そのケルビムの翼は、長さが二十キュビトあった。一方のケルブの一つの翼は五キュビトであって、神殿の壁にまで届いており、片方の翼も五キュビトであって、他方のケルブの翼にまで届いていた。3:12 もう一方のケルブの一つの翼も五キュビトであって、神殿の壁にまで届いており、片方の翼も五キュビトであって、他方のケルブの翼につながっていた。3:13 これらのケルビムの翼は、広げられており、二十キュビトあった。これらは、その足で立ち、その顔は神殿のほうに向いていた。

 神の幕屋のときは、契約の箱の上の贖いの蓋の一部としてケルビムが彫られていました。けれども、そのケルビムのほかに、至聖所全体をおおう大きなケルビムを二つ造っています。ですから至聖所の中にはいると、契約の箱が真ん中にあり、その左右にこちら側を向いているケルビムが立っています。

3:14 それから彼は、青、紫、紅、および白亜麻布の垂れ幕を作り、その上にケルビムの模様を縫いつけた。

 至聖所と聖所を分ける垂れ幕です。

3C 二本の柱 15−17
3:15 彼は、神殿の前に柱を二本作った。三十五キュビトの高さのもので、その頂にある柱頭は五キュビトであった。3:16 さらに、彼は内堂に鎖を作り、これを柱の頂に取りつけ、ざくろを百作り、鎖のところに取りつけた。3:17 それから、彼はこれらの柱を本堂の前に、一つを右側に、もう一つを左側に立てた。右側の柱にヤキンという名をつけ、左側の柱にボアズという名をつけた。

 神殿の前左右に、大きな青銅の柱を立てます。その目的はよく分かりませんが、けれどもヤキンは、「彼は設立する」という意味で、ボアズは、「力をもって」という意味です。主がご自分の力をもって立てる、という意味になり、神殿にはふさわしい名前です。

3B 青銅の祭具 4
 そして4章から、神殿の中で使われる祭具が書かれています。

1C 用具 1−10
4:1 さらに、青銅の祭壇を作った。その長さは二十キュビト、幅も二十キュビト、高さは十キュビトであった。

 いけにえをささげるための青銅の祭壇です。長さ、幅ともに約8.8メートルで、高さが4.4メートルもあります。とても大きいですが、それだけ多くの動物がいけにえとしてささげられるからです。

4:2 それから、鋳物の海を作った。縁から縁まで十キュビト。円形で、その高さは五キュビト。その周囲は細なわで巻いて三十キュビトであった。4:3 その下に沿って、牛の型が回りを取り巻いていた。すなわち、一キュビトにつき十ずつの割りでその海の周囲を取り巻いていた。この牛は二段になっており、海を鋳たときに鋳込んだものである。4:4 これは、十二頭の牛の上に据えられていた。三頭は北を向き、三頭は西を向き、三頭は南を向き、三頭は東を向いていた。この海は、これらの牛の上に載せられており、牛の後部はすべて内側に向いていた。4:5 その海の厚さは一手幅あり、その縁は、杯の縁のようにゆりの花の形をしていた。その容量は三千バテであった。

 神の幕屋では、洗盤が祭壇と聖所の間にありましたが、その目的は祭司たちの手足を洗うためでした。この海も同じように使われます。十二頭の牛がその下に据えられるのですが、装飾が施されています。

4:6 それから、洗盤を十個作り、五個を右側に、五個を左側に置いた。その中で洗うためである。全焼のいけにえに用いるものは、その中ですすぎ清めた。海は祭司たちがその中で身を洗うためのものであった。

 祭司の手足を洗う海以外に、いけにえの動物を洗うための洗盤を十個用意しました。

4:7 さらに、金の燭台十個を、規格どおりに作って、本堂の中に置き、五個を右側に、五個を左側に置いた。4:8 机を十個作り、本堂の中に置き、五個を右側に、五個を左側に置いた。それから、金の鉢を百個作った。

 金の燭台と机は、神の幕屋のときには一つずつでしたが、ここではそれぞれ十個使います。規模が大きくなっていますね。

4:9 さらに、祭司たちの庭と大庭およびその庭の戸を作り、その戸に青銅を着せた。4:10 海は右側、すなわち、東南の方角に置いた。

 周りの宮の説明と、また先ほどの青銅の海が神殿からみて右側のところに置かれることが書かれていました。

2C 装飾 11−22
4:11 さらに、フラムは灰つぼと十能と鉢を作った。こうして、フラムは神の宮のためにソロモン王が注文した仕事を完成した。

 イスラエル人とツロ人の親を持つあのフラムが、精巧な細工が必要な部分を造っていきます。

4:12 すなわち、二本の柱と、二本の柱の頂にある丸い柱頭、および、柱の頂にある丸い二つの柱頭をおおう二つの格子網、4:13 また、二つの格子網に取りつけた四百のざくろ、すなわち、柱の先端にある丸い二つの柱頭をおおうそれぞれの格子網のための二段のざくろ。4:14 また、台を作り、またその台の上の洗盤を作り、4:15 一つの海と、その下の十二頭の牛、4:16 また、灰つぼと十能と肉刺し、およびそれらに属するすべての用具を、ソロモン王の注文により主の宮のために、彼の職人の長フラムがみがき上げた青銅で作った。4:17 王は、ヨルダンの低地、スコテとツェレダとの間の粘土層の地で、これらを鋳造した。4:18 こうして、ソロモンはこれらすべての用具を大量に作った。青銅の重さは量りきれなかった。

 多くのものが青銅によって造られましたが、量りきれないほどの重さでした。

4:19 ついで、ソロモンは神の宮にあるすべての用具を作った。すなわち、金の祭壇と供えのパンを載せる机、4:20 内堂の前で火をともすための燭台と、その上のともしび皿を規格どおりに純金で作った。4:21 さらに、金の花模様、ともしび皿、心切りばさみ。この金は混じりけのない純金であった。4:22 また、心取りばさみ、鉢、平皿、火皿を純金で作った。また、神殿の開き戸は、至聖所に通じるとびらも、本堂に通じる神殿のとびらも、金で作った。

 金による神殿の本堂についての用具は、ソロモン自身が手かげています。というか、おそらくは生前のダビデが神によって示された仕様書をソロモンが受け取りましたが、それを見ながら指示を与えたのでしょう。

 このように、ソロモンは神殿建設に異邦人を関わらせました。それ自体は悪いことはありません。ソロモンの王国が異邦の国々まで影響を及ぼしているということで、良いことです。しかしながら、やはりソロモンには欠けたところがありました。それは、神殿を建て上げ、またいけにえをささげますが、地の塩、世の光としての影響力です。異邦人を抱きこむかたちで、ソロモンの王国は威力を持っていましたが、それが即、神の国の拡大にはつながっていませんでした。エジプトから馬を調達するところですでに、影響力を及ぼしているようで、実は霊的には少しずつ妥協している姿を見ることができます。詩篇18篇でダビデが、「あなたは、民の争いから、私を助け出し、私を国々のかしらに任ぜられました。私の知らなかった民が私に仕えます。(43節)」と歌っています。確かに、神を王とするイスラエルの国は、異邦人の国々が仕えるようになるのです。けれども、ソロモンは、神ご自身の知識と知恵ではなく、自分の仕事のための知恵を求めていき、そのために国々を制して自分の国が大きくなっているようで、実はその国々から影響を受け、国々に取り組まれているようになっていくのです。

 イエスさまは、天の御国の奥義として、からし種とパン種のたとえを話されました。「イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」(マタイ13:31-33」非常に大きくなるけれども、空の鳥すなわちサタンを意味しているものがその木に巣を作るほど大きくなり、そして罪や不正を意味するパン種が粉全体にふくらむように、ふくらんでいる姿です。教会がこのようなものではないでしょうか?影響力を増し加えて、大きくなっていくのですが、塩気をいつの間にかなくしてしまい、大きくなっているようで実はその霊的な実質的な力がなくなっていて、この世の制度の一部とまでなっている姿です。

 私たちの個人的な生活で、いかに、主との交わり、その関係における知識と知恵が必要であるかを思わされます。自分の周りで起こっているいろいろなすばらしいことや働きがあっても、主ご自身を知るということに変えられることは、決してありません。唯一つの願い求めは、主の宮に住まうことと歌ったダビデにならう者となりましょう。


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