列王記第一3−5章 「ソロモンの知恵」
アウトライン
1A 願い事 3
1B 主の恵み 1−15
1C つまずきの始まり 1−2
2C 主への愛 3−15
2B 王の下したさばき 16−28
2A 繁栄 4
1B 政府 1−19
2B 糧食 20−28
3B 豊かな知識 29−34
3A 平和 5
1B ツロ王との契約 1−12
2B 神殿の建築師 13−18
本文
列王記第一3章を開いてください。今日は3章から5章までを学びますが、ここでのテーマは「ソロモンの知恵」です。前回の学びにて、ソロモンの王国が確立されたことを学びました。王位を覆そうとしたアドニヤの企みは失敗に終わり、反逆分子が取り除かれ平和になりました。そして、ソロモンの治世が始まります。彼はそのとき二十歳そこそこだったかと思いますが、神に知恵を求めて、すばらしい判断力と統治力が与えられました。
1A 願い事 3
1B 主の恵み 1−15
1C つまずきの始まり 1−2
3:1 ソロモンはエジプトの王パロと互いに縁を結び、パロの娘をめとって、彼女をダビデの町に連れて来、自分の家と主の宮、および、エルサレムの回りの城壁を建て終わるまで、そこにおらせた。
ソロモンの治世は、外国人の妻との結婚から始まりました。多くの妻を持つことも含め、サムエル記第二においても学びましたが、モーセを通しての神の律法にて王についての戒めがあります。「あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地にはいって行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが、『回りのすべての国々と同じく、私も自分の上に王を立てたい。』と言うなら、あなたの神、主の選ぶ者を、必ず、あなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない外国の人を、あなたの上に立てることはできない。王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬をふやすためだといって民をエジプトに帰らせてはならない。『二度とこの道を帰ってはならない。』と主はあなたがたに言われた。多くの妻を持ってはならない。心をそらせてはならない。自分のために金銀を非常に多くふやしてはならない。(申命記17:14-17)」この戒めを読むかぎり、すでにダビデの時から、戒めからはずれていたことに気づきます。多くの妻を持っていたことです。そしてソロモンは、妻だけではなく、後にエジプトから馬を輸入しました。自分のために金銀も増やしていきました。徐々に、徐々にではありますが、ソロモンの心は主から離れて、最後は外国の神々をおがむようにまでなってしまいました。
そしてその治世の始まりにおいて、ソロモンが後につまずくことになるきっかけを自分で作っているのを見ます。当時の社会では、政略結婚は王国を安定させるための方法として普通に行なわれていました。ソロモンがパロの娘と結婚したことにより、イスラエル南部にある諸外国との関係は平和に保たれたでしょう。けれども、こうした妥協が後に霊的堕落をもたらす原因となっていきます。列王記第二の最後にバビロン捕囚がありますが、七十年経ちユダヤ人たちはエルサレムに帰還できました。けれども、その時に外国人の女たちと結婚した者たちがいて、ネヘミヤはこう叱責しています。「あなたがたの娘を彼らの息子にとつがせてはならない。また、あなたがたの息子、あるいは、あなたがた自身が、彼らの娘をめとってはならない。イスラエルの王ソロモンは、このことによって罪を犯したではないか。多くの国々のうちで彼のような王はいなかった。彼は神に愛され、神は彼をイスラエル全土を治める王としたのに、外国の女たちが彼に罪を犯させてしまった。だから、あなたがたが外国の女をめとって、私たちの神に対して不信の罪を犯し、このような大きな悪を行なっていることを聞き流しにできようか。(ネヘミヤ記13:25-27)」ネヘミヤは反面教師としなさい、と言って戒めたのです。
3:2 当時はまだ、主の名のための宮が建てられていなかったので、民はただ、高きところでいけにえをささげていた。
高きところでのいけにえですが、これは士師記を読むとカナン人らが異教の神にいけにえをささげるときに、高きところで行なっていたのが起源です。レビ記では、幕屋以外のところでいけにえをささげないように戒められています(17:2−3)。したがって、これは行なってはならないことだったのですが、イスラエルの人々は偶像を拝んでいたのではなく、そうしたところでヤハウェをあがめていました。これはちょうど、イエス・キリストを礼拝している教会だけれども、この世の方法を踏襲して伝道をしたりしているのに似ています。目的は正しいのですが、手段が間違っているのです。
2C 主への愛 3−15
けれども、主はそうした不完全の状態にいる人をも、その中に現われてご自分の恵みを施してくださいます。主はソロモンに現われてくださいました。3:3 ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいたが、ただし、彼は高き所でいけにえをささげ、香をたいていた。3:4 王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこは最も重要な高き所であったからである。ソロモンはそこの祭壇の上に一千頭の全焼のいけにえをささげた。ギブオンは、ベニヤミンの地にある町です。3:5 その夜、ギブオンで主は夢のうちにソロモンに現われた。神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」
主がソロモンに言われていることは、非常に広いものです。何でも良いから与えよう、願っているものを言いなさい、と聞かれているからです。同じように私たちが主から尋ねられたら、どう願うでしょうか?事実、主は弟子たちに、「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。(ヨハネ14:13)」と言われました。どう願いますか?ソロモンの願いを読んでみましょう。
3:6 ソロモンは言った。「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実と正義と真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、その王座に着く子を彼にお与えになりました。3:7 わが神、主よ。今、あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。しかし、私は小さい子どもで、出入りするすべを知りません。3:8 そのうえ、しもべは、あなたの選んだあなたの民の中におります。しかも、彼らはあまりにも多くて、数えることも調べることもできないほど、おびただしい民です。3:9 善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」
ソロモンは、自分が神の約束によって定められた王の任務をきちんと遂行することができるように、知恵を求めました。主はこの願いをたいへん喜ばれ、彼が願っている以上のものをお与えになりますが、なぜソロモンはこのような祈りをささげることができたのでしょうか?それは、彼が主を礼拝していたからです。礼拝をすれば、自分の思いが主のそれと似てくるようになります。自分の欲を満たすのではなく、主のみこころを行なうことを願いとするようになってきます。そのため、何でも願って良いといわれたとき、御心にかなう願いをすることができたのです。そこでヨハネの手紙第一の中にこのような約束があります。「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(5:14 斜線は筆者)」
3:10 この願い事は主の御心にかなった。ソロモンがこのことを願ったからである。3:11 神は彼に仰せられた。「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、3:12 今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない。3:13 そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。3:14 また、あなたの父ダビデが歩んだように、あなたもわたしのおきてと命令を守って、わたしの道を歩むなら、あなたの日を長くしよう。」
主は、ソロモンが願う知恵に加えて、富と誉れも付け加えてくださいます。これは、聖書の原則、「神の国とその義を第一に求めるなら、これらのものは加えて与えられる」であります。主を第一とする者だからこそ、これらの富と名声を主の栄光のために用いることができます。また、「自分を低くする者は高められる」という原則にも沿っています。ソロモンが主の前で自分が未熟者であることを認めているときに、主が高めてくださいました。
3:15 ソロモンが目をさますと、なんと、それは夢であった。そこで、彼はエルサレムに行き、主の契約の箱の前に立って、全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえをささげ、すべての家来たちを招いて祝宴を開いた。
ソロモンは高き所ではなく、今度はエルサレムの契約の箱の前に来ました。ソロモンが霊的に高揚しています。主からすばらしい約束をいただいたので、彼の主への献身度がますます高められました。
2B 王の下したさばき 16−28
そして次に、神からの知恵がソロモンに与えられたことを示す、一つの判例が書かれています3:16 そのころ、ふたりの遊女が王のところに来て、その前に立った。3:17 ひとりの女が言った。「わが君。私とこの女とは同じ家に住んでおります。私はこの女といっしょに家にいるとき子どもを産みました。3:18 ところが、私が子どもを産んで三日たつと、この女も子どもを産みました。家には私たちのほか、だれもいっしょにいた者はなく、家にはただ私たちふたりだけでした。3:19 ところが、夜の間に、この女の産んだ子が死にました。この女が自分の子の上に伏したからです。3:20 この女は夜中に起きて、はしためが眠っている間に、私のそばから私の子を取って、自分のふところに抱いて寝かせ、自分の死んだ子を私のふところに寝かせたのです。3:21 朝、私が子どもに乳を飲ませようとして起きてみると、どうでしょう、子どもは死んでいるではありませんか。朝、その子をよく見てみると、まあ、その子は私が産んだ子ではないのです。3:22 すると、もうひとりの女が言った。「いいえ、生きているのが私の子で、死んでいるのはあなたの子です。」先の女は言った。「いいえ、死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子です。」こうして、女たちは王の前で言い合った。
これは判断を下すのが非常に難解な事件です。この二人の女以外に目撃した第三者がいないからです。
3:23 そこで王は言った。「ひとりは『生きているのが私の子で、死んでいるのはあなたの子だ。』と言い、また、もうひとりは『いや、死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子だ。』と言う。」3:24 そして、王は、「剣をここに持って来なさい。」と命じた。剣が王の前に持って来られると、3:25 王は言った。「生きている子どもを二つに断ち切り、半分をこちらに、半分をそちらに与えなさい。」3:26 すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。「わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください。」しかし、もうひとりの女は、「それを私のものにも、あなたのものにもしないで、断ち切ってください。」と言った。3:27 そこで王は宣告を下して言った。「生きている子どもを初めの女に与えなさい。決してその子を殺してはならない。彼女がその子の母親なのだ。」3:28 イスラエル人はみな、王が下したさばきを聞いて、王を恐れた。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからである。
ソロモンが行なったのは、母性本能に訴えることでした。母は、自分の手から子どもがいなくなることよりも、子どもの命をもちろん大事にするでしょう。この本能を利用してソロモンは赤ん坊を二つに切る、と言ったのです。こうした非常に知恵ある、表面的ではない公正な判断をソロモンは下しました。それは神の知恵があったからだ、と書かれています。
2A 繁栄 4
この知恵によって、ソロモンの治世は繁栄します。
1B 政府 1−19
4:1 こうして、ソロモン王は全イスラエルの王となった。4:2 彼の高官たちは次のとおり。ツァドクの子アザルヤは祭司。4:3 シシャの子らエリホレフとアヒヤは書記。アヒルデの子ヨシャパテは参議。4:4 エホヤダの子ベナヤは軍団長。ツァドクとエブヤタルは祭司。4:5 ナタンの子アザルヤは政務長官。ナタンの子ザブデは祭司で、王の友。4:6 アヒシャルは宮内長官。アブダの子アドニラムは役務長官。
ソロモンは司法だけではく行政においても神からの知恵を用いていました。高官を配置しています。アザルヤが祭司です。彼はツァドクの子であるとありますが、孫です。昔はこのように、子孫であれば「子」と呼ばれます。この他にツァドク自身とエブヤタルの名も出てきますが、これはおそらく名誉的な称号でしょう。ツァドクは老齢ですし、エブヤタルは罷免させられていましたから。そして、エリホレフとアヒヤが務める書記は、行政、貿易、軍隊などあらゆる国政に関わる記録を担当する者たちでした。そしてヨシャパテは、ダビデ王のときにも参議として活躍していました。王の日課を記録する役目です。前にソロモンが命じた死刑を実行したベナヤは軍団長です。そして、役務長官と出てきますが、これは国のプロジェクトのために人々を借り出させて労役を課すところの執行者です。
4:7 ソロモンは、イスラエルの全土に十二人の守護を置いた。彼らは王とその一族に食糧を納めていた。すなわち、一年に一か月間、おのおの食糧を納めていた。
ソロモンは国に対する糧食を確保するために、イスラエル全土に十二人の守護を置きました。それぞれが一ヶ月分の食糧を納めます。その糧食の量は、とてつもなく多いことが後で書かれています。
4:8 彼らの名は次のとおり。エフライムの山地にはフルの子。4:9 マカツ、シャアルビム、ベテ・シェメシュ、エロン・ベテ・ハナンにはデケルの子。4:10 アルボテにはヘセデの子。・・彼にはソコとヘフェルの全地が任せられていた。・・4:11 ドルの全高地にはアビナダブの子。・・ソロモンの娘タファテが彼の妻であった。・・4:12 タナク、メギド、それに、イズレエルの下ツァレタンのそばのベテ・シェアンの全土、ベテ・シェアンからアベル・メホラ、ヨクモアムの向こうまでの地には、アヒルデの子バアナ。4:13 ラモテ・ギルアデにはゲベルの子。・・彼にはギルアデのマナセの子ヤイルの村々と、バシャンにあるアルゴブの地域で、城壁と青銅のかんぬきを備えた六十の大きな町々が任せられた。・・4:14 マハナイムにはイドの子アヒナダブ。4:15 ナフタリにはアヒマアツ。・・彼もまた、ソロモンの娘バセマテをめとっていた。・・4:16 アシェルとベアロテにはフシャイの子バアナ。4:17 イッサカルにはパルアハの子ヨシャパテ。4:18 ベニヤミンにはエラの子シムイ。4:19 エモリ人の王シホンと、バシャンの王オグの領地であったギルアデの地にはウリの子ゲベル。その地にはもうひとりの守備隊長がいた。
イスラエルの地は、ダビデが周辺の敵に戦っていったおかげで、かなり広範囲に広がりました。もちろん、神が約束してくださったユーフラテス川からエジプトの川までという大きさには及んでいませんが。
2B 糧食 20−28
4:20 ユダとイスラエルの人口は、海辺の砂のように多くなり、彼らは飲み食いして楽しんでいた。
すばらしいですね、神がアブラハムに約束されたとおり、イスラエルの数が海辺の砂のようになっています。また十分にあまりあるほどの食べ物に恵まれています。
4:21 ソロモンは、大河からペリシテ人の地、さらには、エジプトの国境に至るすべての王国を支配した。これらの王国は、ソロモンの一生の間みつぎものを持って来て、彼に仕えた。
ユーフラテス川からエジプトまでの領地はイスラエルのものとなっていませんが、その同地域の諸外国を自分たちに従属させる支配を持っていました。そして諸外国にみつぎものを持ってこさせることによって、王国はますます繁栄しました。
4:22 ソロモンの一日分の食糧は、小麦粉三十コル、大麦粉六十コル。4:23 それに、肥えた牛十頭、放牧の牛二十頭、羊百頭。そのほか、雄鹿、かもしか、のろじかと、肥えた鳥であった。
小麦粉は6300リットル、大麦粉はその二倍の12600リットルです。そしてこれらの家畜や鳥獣ですが、とんでもない量を一日のうちに消費していました。もちろんソロモン一人だけで消化したのではなく、王のところで働く者たちのためにも使われたと思われます。
4:24 これはソロモンが、大河の西側、ティフサフからガザまでの全土、すなわち、大河の西側のすべての王たちを支配し、周辺のすべての地方に平和があったからである。4:25 ユダとイスラエルは、ソロモンの治世中、ダンからベエル・シェバまで、みな、おのおの自分のぶどうの木の下や、いちじくの木の下で安心して住むことができた。
ユダとイスラエルは、何にもまして尊い平和を手に入れることができました。これまで敵に囲まれ、あるときは従属し、絶えず戦わなければいけない状態でしたが、今は、ぶどうやいちじくの木の下で、つまり城壁によって囲まれることもなく安心して暮らすことができました。
実はこのような平和と繁栄の姿は、預言書の中にたくさん書かれています。主イエス・キリストが再び地上に戻ってこられ、神の国が地上に立てられるときに、安全と平和が満ち、すべての産物が豊かに取れ、だれもひもじい思いをすることなく、また諸外国を従属させ、主にある繁栄を楽しむ至福を、預言者はたくさん語りました。黙示録によるとこれは千年続くとされています。ですから、ソロモンの治世は、キリスト再臨後の千年王国の前触れともなっているのです。
4:26 ソロモンは戦車用の馬のための馬屋四万、騎兵一万二千を持っていた。
平和がありましたが、ソロモンは抑止力としての軍隊も持っていました。千年王国ではこのようなものは必要とされません。槍がかまに変えられます。
4:27 守護たちは、それぞれ自分の当番月にソロモン王、およびソロモン王の食事の席に連なるすべての者たちのために、食糧を納め、不足させなかった。4:28 彼らはまた、引き馬や早馬のために、それぞれ割り当てに従って、馬のいる所に大麦とわらを持って来た。
土地は豊かなに実を結ばせていたようです。守護たちは糧食を不足させることなく、また馬たちにも十分なえさを与えることができました。
3B 豊かな知識 29−34
ソロモンの知恵は、行政力と経済力だけではなく、学問にも用いられました。4:29 神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。4:30 それでソロモンの知恵は、東のすべての人々の知恵と、エジプト人のすべての知恵とにまさっていた。4:31 彼は、すべての人、すなわち、エズラフ人エタンや、ヘマンや、カルコルや、マホルの子ダルダよりも知恵があった。それで、彼の名声は周辺のすべての国々に広がった。
ソロモンに知恵があることは、世界中に広まりました。学問や知識においてきわだっていたエジプトや東の国々よりもまさっており、また当時すぐれた天才であった人物よりもすぐれていました。
4:32 彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。
聖書の中に収められている箴言には、952の格言があるそうです。ですから、ソロモンが語った箴言の三分の一ぐらいが聖書に収められた、ということになります。彼の歌は聖書には一つだけ「雅歌」があります。ある人が、「格言を一つでも良いから作ってみなさい。いかに難しいかお分かりになるでしょう。」と言っていました。彼は数十年生きている中で、たった一つの格言しか人々に伝えることができなかったそうですが、ソロモンは三千も語っていたのです。
4:33 彼はレバノンの杉の木から、石垣に生えるヒソプに至るまでの草木について語り、獣や鳥やはうものや魚についても語った。
なんと、彼は植物学と生物学にもすぐれていました。百科事典が頭の中に入っていたような人でした。
4:34 ソロモンの知恵を聞くために、すべての国の人々や、彼の知恵のうわさを聞いた国のすべての王たちがやって来た。
後に現在のサウジアラビア、シェバから女王が来て、ソロモンの知恵を聞きに来ます。
3A 平和 5
そして5章には、隣国ツロとの平和条約が結ばれるところを読みます。
1B ツロ王との契約 1−12
5:1 さて、ツロの王ヒラムは、ソロモンが油をそそがれ、彼の父に代わって王となったことを聞いて、自分の家来たちをソロモンのところへ遣わした。ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである。
ツロの王ヒラムが、ソロモンに祝辞を送りました。以前ヒラムは、ダビデの宮廷のために木工や石工を送ってあげて、彼を助けてあげています(2サムエル5:11)。ダビデとヒラムとの関係は良好でした。
5:2 そこで、ソロモンはヒラムのもとに人をやって言わせた。5:3 「あなたがご存じのように、私の父ダビデは、彼の回りからいつも戦いをいどまれていたため、主が彼らを私の足の裏の下に置かれるまで、彼の神、主の名のために宮を建てることができませんでした。5:4 ところが、今、私の神、主は、周囲の者から守って、私に安息を与えてくださり、敵対する者もなく、わざわいを起こす者もありません。」
サムエル記第二で学びましたように、ダビデは主のために宮を建てることを許されませんでした。ソロモンがここで言っているように、戦いの時はまだ終わっていなかったからです。けれどもダビデは建ててはならないとは言われたけれども、その材料を用意してはならないとは言われていない、ということで、ダビデ自身もたくさんの材木や金属を調達していることが、歴代誌第一に書かれています(1歴代22:4)。
5:5 今、私は、私の神、主の名のために宮を建てようと思っています。主が私の父ダビデに「わたしが、あなたの代わりに、あなたの王座に着かせるあなたの子、彼がわたしの名のために宮を建てる。」と言われたとおりです。5:6 どうか、私のために、レバノンから杉の木を切り出すように命じてください。私のしもべたちも、あなたのしもべたちといっしょに働きます。私はあなたのしもべたちに、あなたが言われるとおりの賃金を払います。ご存じのように、私たちの中にはシドン人のように木を切ることに熟練した者がいないのです。
ソロモンはレバノンの杉の木と、そしてそれを神殿に使えるように加工することをお願いしています。レバノン内でこれらの作業を行い、それからエルサレムに運んできて組み立てる作業を行ないます。ソロモンは、その熟練工らのための賃金をはらう、さらにイスラエルからもいっしょに働く者たちをそちらに送る、と申し出ています。
5:7 ヒラムはソロモンの申し出を聞いて、非常に喜んで言った。「きょう、主はほむべきかな。このおびただしい民を治める知恵ある子をダビデに授けられたとは。」
ヒラムはおそらく、ダビデにかなり伝道されていたようです。ソロモンも、包み隠さずダビデと自分に対しての神の約束をヒラムに語っていますが、それはヒラムがかなりヤハウェに関心を持っているか、または信仰者であったからだと考えられます。ここでは主はほむべきかな、と言っています。
5:8 そして、ヒラムはソロモンのもとに人をやって言わせた。「あなたの申し送られたことを聞きました。私は、杉の木材ともみの木材なら、何なりとあなたのお望みどおりにいたしましょう。5:9 私のしもべたちはそれをレバノンから海へ下らせます。私はそれをいかだに組んで、海路、あなたが指定される場所まで送り、そこで、それを解かせましょう。あなたはそれを受け取ってください。それから、あなたは、私の一族に食物を与え、私の願いをかなえてください。」
いかだを組んで、イスラエルの港町ヨッパまで運びます。そしてヨッパからエルサレムまで陸運送で行きます。
5:10 こうしてヒラムは、ソロモンに杉の木材ともみの木材とを彼の望むだけ与えた。5:11 そこで、ソロモンはヒラムに、その一族の食糧として、小麦二万コルを与え、また、上質のオリーブ油二十コルを与えた。ソロモンはこれだけの物を毎年ヒラムに与えた。5:12 主は約束どおり、ソロモンに知恵を賜わったので、ヒラムとソロモンとの間には平和が保たれ、ふたりは契約を結んだ。
すばらしいですね、ソロモンに知恵があったので平和があり、そして契約が結ばれていました。知恵はこのように平和をもたらします。争うところには、知恵が欠けています。けれども上からの知恵の主な特徴は平和なのです。ヤコブの手紙の中にこう書いてあります。「しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。(ヤコブ3:17-18)」
2B 神殿の建築師 13−18
5:13 ソロモン王は全イスラエルから役務者を徴用した。役務者は三万人であった。5:14 ソロモンは彼らを一か月交替で、一万人ずつレバノンに送った。すなわち、一か月はレバノンに、二か月は家にいるようにした。役務長官はアドニラムであった。
ヒラムに約束したとおり、ソロモンはレバノンで働く者たちを送りますが徴用しました。このときの担当者は先ほど出てきた役務長官アドニラムです。
5:15 ソロモンには荷役人夫が七万人、山で石を切り出す者が八万人あった。
荷役人夫は、木材をヨッパからエルサレムに運ぶときに駆り出されました。
5:16 そのほか、ソロモンには工事の監督をする者の長が三千三百人あって、工事に携わる者を指揮していた。5:17 王は、切り石を神殿の礎に据えるために、大きな石、高価な石を切り出すように命じた。5:18 ソロモンの建築師と、ヒラムの建築師と、ゲバル人たちは石を切り、宮を建てるために木材と石材とを準備した。
木工も石工も、神殿の現場では行なわれませんでした。すでに切り取られたものを現場に運んでいき、そこでは石を打つ音は聞こえてこなかったと言われます。
そしてここで切り石を礎にすえると書かれていますが、有名な話があります。それは、礎のなかに、かなめ石とも親石とも呼ばれる建物全体をささえる重要な石があります。石切り場では、この重要な石を最初のほうで現場に送りました。現場の人たちは、その何の変哲もない石を見て、これは何かの間違いだ、余分に出てきた石なのだろう、と言って、そばの野原に捨ててしまったそうです。そしてしばらくして建築が進み、現場の人たちが、「おい、かなめ石がまだ来ていないぞ」と言います。石切り場の人たちは「もう送ったぞ、最初のほうで」と答えます。すると思い出しました、あの捨ててしまった石が、親石だったのだ、と。それで、詩篇118篇22節にある、「家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。」という言葉が出来た、ということです。これはもちろん、主イエスさまがご自分のことであることを話され、ペテロなどの使徒がキリストについて引用した預言の箇所です。
次回は神殿の実際の建築について学びます。今日は、知恵と平和について学びました。そしてソロモンが、他の富や誉れよりも、神から約束された任務を果たすための力を求めたことを学びました。ソロモンのように、私たちが主をあがめている生活を送っているとき、このような大きな、広い約束が与えられます。何でもよいから、願ってみなさい、と。なぜなら、主をあがめているときの私たちの願いは、主の願いになっているからです。
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