列王記第二22−23章 「最後のリバイバル」
アウトライン
1A 罪に対する悲しみ 22
1B 表面的改革 1−7
2B 御言葉による覚醒 8−13
3B 個人への憐れみ 14−20
2A 罪の除去 23
1B 涙の改革 1−27
1C 民全体との契約 1−3
2C 自分の周りから 4−14
3C 全体に向かって 15−23
4C いやされなかった禍根 24−27
2B 戻れない道
1C 誤った判断 28−30
2C 奴隷化 31−37
本文
列王記第二22章を開いてください、今日は22章と23章を学びます。メッセージ題は、「最後のリバイバル」です。ユダが滅ぼされる前に、かつてないほどの霊的覚醒、宗教改革が行なわれます。それではさっそく本文を読んでいきましょう。
1A 罪に対する悲しみ 22
1B 表面的改革 1−7
22:1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。彼の母の名はエディダといい、ボツカテの出のアダヤの娘であった。
ヨシヤの父アモンは、22歳のときに王になり、たった二年で謀反によって死にました。そこでまだ8歳でしかなかったヨシヤが王として建てられました。
22:2 彼は主の目にかなうことを行なって、先祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった。
ユダの後期の歴史は、とても不思議です。アハズによって、あらゆる忌まわしい習慣がユダに導入されましたが、ヒゼキヤがかつてないほどの宗教改革を行ないました。ところがヒゼキヤの子マナセが、これまでにないほどの悪を行ない、ユダはついに修復不能と主によって判断されました。そしてマナセの孫であるヨシヤは、かつてないほどの大規模な宗教改革を敢行します。前回話しましたが、このような、はっきりとした悪と善の二分化は終わりの時にある徴候でもあります。ただしい者はますます正しくされ、聖徒はますます聖なる者とされ、不正を行なう者はますます邪悪になり、汚れた者はさらに汚れる時代です。ユダが滅ぼされる直前に、ダビデに並んでもっとも主に忠実な王が現われました。
22:3 ヨシヤ王の第十八年に、王はメシュラムの子アツァルヤの子である書記シャファンを主の宮に遣わして言った。22:4 「大祭司ヒルキヤのもとに上って行き、主の宮に納められた金、すなわち、入口を守る者たちが民から集めたものを彼に計算させ、22:5 それを主の宮で工事している監督者たちの手に渡しなさい。それを主の宮で工事している者たちに渡し、宮の破損の修理をさせなさい。22:6 木工、建築師、石工に渡し、また宮の修理のための木材や切り石を買わせなさい。22:7 ただし、彼らの手に渡した金を彼らといっしょに勘定してはならない。彼らは忠実に働いているからである。」
以前、王ヨアシュによって、同じような神殿修繕のプロジェクトが行なわれました。これは、単に神殿が老朽化したから、ということではありません。祖父マナセと父アモンによって、神殿が荒らされていたからです。主のための器具は取り壊され、代わりに、偶像礼拝のための器具や祭壇、偶像などが持ち込まれています。そのため破損がひどくなっていたです。
2B 御言葉による覚醒 8−13
この神殿修繕は、すばらしい働きです。けれども、ユダには決定的に欠けていたものがありました。それは主の律法に聞き従わず、律法を読みもしていなかったという事実です。この根本的問題に取り組んだのが、ヨシヤ王です。
22:8 そのとき、大祭司ヒルキヤは書記シャファンに、「私は主の宮で律法の書を見つけました。」と言って、その書物をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。22:9 書記シャファンは王のもとに行って、王に報告して言った。「しもべたちは、宮にあった金を箱からあけて、これを主の宮で工事している監督者たちの手に渡しました。」
王の命令に従ったことを、まず報告しました。
22:10 ついで、書記シャファンは王に告げて、言った。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」そして、シャファンは王の前でそれを読み上げた。22:11 王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。22:12 王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記シャファン、王の家来アサヤに命じて言った。22:13 「行って、この見つかった書物のことばについて、私のため、民のため、ユダ全体のために、主のみこころを求めなさい。私たちの先祖が、この書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについてしるされているとおりに行なわなかったため、私たちに向かって燃え上がった主の憤りは激しいから。」
ヨシヤが衣を引き裂いたのは、ここに書かれてあるとおり、自分たちがとんでもない罪を行なってきたことに気づいたからです。彼はおそらく、レビ記や申命記の後半部分に書かれている、モーセによる長い説教を読んだのでしょう。イスラエルが主に背いて偶像礼拝を行なっているならば、次のようなのろいが来る、というモーセの預言が、まさに自分の世代で起ころうとしていることに気づいたのです。ヨシヤはこのように、主の律法を読んで、初めて自分たちが行なっていることが何であるのかを悟り、それで、単に神殿修繕ではない、もっと根っこからの宗教改革を実行するようになります。
私たちが、主によって与えられた良心にしたがって、自分の行ないを正していくことはとても良いことです。しかし、実際的な改革は神のみことばを私たちが自分の鏡とする時です。ヤコブの手紙の中で、こう述べられています。「みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。(1:23-25)」みことばが自分の鏡だから、それをどんな時でもずっと持ち歩いて、そこから目を離さないときに、私たちに実質的な変化がもたらされます。ホセア書には、「わたしの民は知識がないので滅ぼされる。(3:6)」とあります。みことばを読み、それを真剣に受け止めるとき、初めて自分たちの姿を見ることができるのです。
3B 個人への憐れみ 14−20
22:14 そこで、祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャファン、アサヤは、女預言者フルダのもとに行った。彼女は、ハルハスの子ティクワの子、装束係シャルムの妻で、エルサレムの第二区に住んでいた。
ユダの霊的指導者らは、女預言者のところに行って、今の主のみこころを伺いにいきました。女性の預言者のところに彼らが行ったのは、興味深いです。この時期には、エレミヤやゼパニヤなどの預言者たちもいました。特にエレミヤは、この時期についての預言しており、ヨシヤの宗教改革が国全体を変えることができない、ユダはここままさばかれることを預言しています。
けれども、ここでは祭司らは女預言者フルダのところに行きました。新約聖書にも、神殿のところで女預言者アンナがいたことが記載されていますが、主は男性、女性問わずに、主が語られることを告げる者たちを選ばれています。
彼らが彼女に伝えると、22:15 彼女は彼らに答えた。「イスラエルの神、主は、こう仰せられます。『あなたがたをわたしのもとに遣わした人に告げよ。22:16 主はこう仰せられる。見よ。わたしは、この場所とその住民の上にわざわいをもたらす。ユダの王が読み上げた書物のすべてのことばを成就する。22:17 彼らはわたしを捨て、ほかの神々に香をたき、彼らのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こすようにした。わたしの憤りはこの場所に燃え上がり、消えることがない。』
ヨシヤのへりくだりよって、ユダが向かっている道は帰られることはないようです。ユダは、もう主のもとへ戻ることができないほど病んでしまい、ヨシヤの信仰復興をもってしても回復することはありません。しかし、変えられることはあります。それはヨシヤ自身の人生です。
22:18 主のみこころを求めるために、あなたがたを遣わしたユダの王には、こう言わなければなりません。『あなたが聞いたことばについて、イスラエルの神、主は、こう仰せられます。22:19 あなたが、この場所とその住民について、これは恐怖となり、のろいとなると、わたしが言ったのを聞いたとき、あなたは心を痛め、主の前にへりくだり、自分の衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる。・・主の御告げです・・22:20 それゆえ、見よ、わたしは、あなたを先祖たちのもとに集めよう。あなたは安らかに自分の墓に集められる。それで、あなたは自分の目で、わたしがこの場所にもたらすすべてのわざわいを見ることがない。』」彼らはそれを王に報告した。
主がもたらすわざわいとは、バビロンがユダを攻めてきて、ユダの民がバビロンに捕え移されることです。彼はこの悲劇を見る前に死にますが、彼が生きている間はユダにさばきがくだらない、という神のあわれみを受けることができました。
彼が行なったことはいくつかあります。19節に注目してください、第一に、彼はみことばを聞いて、「心を痛め」ました。私たちは、みことばを聞いて、心が痛い思いをすることが大切です。聖書は神の霊感によって書かれたもので、教えと、戒めと、矯正と、義の訓練とのために有益です、とパウロはテモテに言いましたが、戒めと矯正が必要です。私たちが教会にいて、心を痛めるような経験をしないのであれば、実質的な霊的成長をすることはできません。
そして次に、彼は、「主の前にへりくだり」ました。使徒ペテロは、「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。(1ペテロ5:6)」と言いました。人のせいや、環境のせいにするのではなく、ただ自分が神の前でいたらない存在である、と認めることです。そして次に、ヨシヤは衣を裂いて、主の前で「泣い」ています。みなさんは、主の前で泣いたことがあるでしょうか?自分がやったことで、自分が嫌になって泣くことはあるかもしれないし、他の人のことで泣くことがあるかもしれませんが、自分が主に対して行なったことで、主に対して、本当に申し訳ないことをしたという後悔の念で泣いたことはあるでしょうか?けれども、これは私たちが信仰復興するステップです。心を痛め、主の前でへりくだり、そして主の前で泣くことです。その前に、みことばを聞くことがあります。
2A 罪の除去 23
1B 涙の改革 1−27
1C 民全体との契約 1−3
23:1 すると、王は使者を遣わして、ユダとエルサレムの長老をひとり残らず彼のところに集めた。23:2 王は主の宮へ上って行った。ユダのすべての人、エルサレムの住民のすべて、祭司と預言者、および、下の者も上の者も、すべての民が彼とともに行った。そこで彼は、主の宮で発見された契約の書のことばをみな、彼らに読み聞かせた。
ここでヨシヤが気をつけているのは、ひとり残らず契約の書を聞かせる、ということです。長老たちすべて、そしてユダの人々すべてがみことばを聞く必要があると強く感じたのです。牧師や一部の人々ではなく、教会の人々すべてが神のみことばをしっかりと聞き、学ぶことが大切です。
23:3 それから、王は柱のわきに立ち、主の前に契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の命令と、あかしと、おきてを守り、この書物にしるされているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみな、この契約に加わった。
契約を結んだのは、初めにヨシヤでした。基本的にこれはヨシヤが主に対して個人的に結んだものでした。けれども、その模範を見て、民もみな主の契約に加わりました。これは、理想の霊的指導者の姿です。自分が支配するのではなく、模範となります。自分が指示するのではなく、自分から主の指示の中に入って、他の人たちが付いてきやすいようにします。使徒ペテロは、「あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。(1ペテロ5:3)」と言いました。
2C 自分の周りから 4−14
次に神殿とユダ全体の霊的掃除が始まります。
23:4 それから、王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、および、入口を守る者たちに命じて、バアルやアシェラや天の万象のために作られた器物をことごとく主の本堂から運び出させ、エルサレムの郊外、キデロンの野でそれを焼き、その灰をベテルへ持って行った。
マナセが持ち込んだ、バアル、アシェラ、天の万象などの偶像礼拝のための器具を、主の本堂の中から運び出させました。そして神殿の丘の東にある谷キデロンで焼いて、イスラエルのベテルに持っていきます。
23:5 彼はまた、ユダの王たちが任命して、ユダの町々やエルサレム周辺の高き所で香をたかせた、偶像に仕える祭司たちを、また、バアルや太陽や月や星座や天の万象に香をたく者どもを取り除いた。
自分たちが欲して礼拝する高き所で偶像を拝ませていた祭司たちを取り除きました。
23:6 彼は、アシェラ像を主の宮から、エルサレムの郊外、キデロン川に運び出し、それをキデロン川で焼いた。彼はそれを粉々に砕いて灰にし、その灰を共同墓地にまき散らした。
主の宮には、アシェラ像の偶像そのものまで安置されていたようです。このことがいかにおそろしいことであるかは、ヨシヤでも主の律法を読まなければ目を覚ますことができなかったのです。そして、灰を共同墓地にまき散らす行為は、死体は汚れているとされていますから、その偶像を完全に使い物にさせなくする行為でした。
23:7 さらに、彼は主の宮の中にあった神殿男娼の家をこわした。そこでは、女たちがアシェラ像のための蔽いを織っていたからである。
恐ろしいことに、神殿の中で売春行為しかも男色が行なわれていました。これをヨシヤが取り除きました。
23:8 彼はユダの町々から祭司たちを全部連れて来て、ゲバからベエル・シェバに至るまでの、祭司たちが香をたいていた高き所を汚し、門にあった高き所をこわした。それは町のつかさヨシュアの門の入口にあり、町の門にはいる人の左側にあった。23:9 高き所の祭司たちは、エルサレムの主の祭壇に上ることはできなかったが、その同輩たちの間で種を入れないパンを食べた。
ゲバというのはユダの北端の町です。ベエル・シェバはユダの南端でもあり、またイスラエル全体の南端の町です。つまりユダ全体を行き巡って、そこにある高き所を打ち壊しました。この高き所は、必ずしも偶像礼拝ではありません。ヤハウェを拝んでいたのですが、主によって決められた神殿ではなく、自分たちの都合に合わせたコンビニ礼拝とでも言いましょうか、安易な犠牲の伴わない礼拝を行なっていました。
私たちクリスチャンも、人間関係や献金など、いろいろなストレスや犠牲がともなうからという理由で、立てられた教会で主を礼拝するのではなく、自分の都合に良い方法で礼拝しようとします。けれども、主は教会をご自分のからだとして定めておられ、教会において信者が共に礼拝することを望んでおられるのです。
23:10 彼は、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテを汚し、だれも自分の息子や娘に火の中をくぐらせて、モレクにささげることのないようにした。
ベン・ヒノムの谷はエルサレムの町の南に面している谷です。そこで、バアルやモレクなど、鉄で出来た偶像があり、それを火で燃やし真っ赤にさせ、その偶像の腕に赤ん坊を乗せていけにえとしてささげます。その間、赤ん坊の泣き声をかき消すために太鼓を打ち叩くのですが、それがトフェテです。ヨシヤは、この忌まわしいならわしを一切やめさせました。
23:11 ついで、ユダの王たちが太陽に献納した馬を、前庭にある宦官ネタン・メレクの部屋のそばの主の宮の入口から取り除き、太陽の車を火で焼いた。
変な宗教が行なわれていましたが、太陽が馬によって引かれて行くという信仰から、太陽を大切にするために馬を献上するという儀式が行なわれていました。このようなくだらない偶像礼拝もヨシヤは取り除きました。
23:12 王は、ユダの王たちがアハズの屋上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが主の宮の二つの庭に造った祭壇を取りこわし、そこから走っていって、そして、その灰をキデロン川に投げ捨てた。
ユダの王たちが個人的に偶像礼拝することができる場所を取り壊しています。
23:13 王は、イスラエルの王ソロモンがシドン人の、忌むべき、アシュタロテ、モアブの、忌むべきケモシュ、アモン人の、忌みきらうべきミルコムのためにエルサレムの東、破壊の山の南に築いた高き所を汚した。
なんとヨシヤは、偶像礼拝を初めに導入させたソロモン王の偶像にまでさかのぼって、改革をしようとしています。これはかなり勇気が要ったことでしょう、長年のこと存在しているわけですから、伝統や遺物になっていてもおかしくありません。ヨシヤのやったことは現代では原理主義者として憎まれるでしょうが、けれども、主のみことばどおりに事を行なったのです。
23:14 また、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、その場所を人の骨で満たした。
先ほど話したように、人の骨を使うことは、もう礼拝物として利用できなくするようにする行為です。以前、イスラエルの将軍エフーが、バアルの宮を公衆便所にしてしまったような効果があります。
3C 全体に向かって 15−23
そしてヨシヤの改革はユダにだけとどまりませんでした。なんと北イスラエルにまで及びます。それも、そのはずです。モーセの律法には、北イスラエルも南ユダの区別はなく一つのイスラエルとして語っているのですから、みことば通りにしようとすれば北にも行くのです。
23:15 なお彼は、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所もこわした。高き所を焼き、粉々に砕いて灰にし、アシェラ像を焼いた。
北イスラエルは、初代の王ヤロブアムによって、その国家的な偶像礼拝が定まってしまったのですが、ヤロブアムの祭壇を汚しました。
23:16 ヨシヤが向き直ると、山の中に墓があるのが見えた。そこで彼は人をやってその墓から骨を取り出し、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとした。かつて、神の人がこのことを預言して呼ばわった主のことばのとおりであった。
ヨシヤが意識して行なったことではありません、けれども、この行為は約350年前、ヤロブアムに対して神の人が預言した言葉の成就でした。ユダから来た神の人は、ヨシヤという実名まで挙げて、この祭壇が汚されることを宣言したのです(1列王13:2)。主のことばは、その通りに成就します。
23:17 彼は言った。「あそこに見える石碑は何か。」すると、町の人々は彼に答えた。「ユダから出て来て、あなたがベテルの祭壇に対してされた、あのことを預言した神の人の墓です。」23:18 王は言った。「そのままにしておきなさい。だれも彼の骨を移してはならない。」それで人々は彼の骨を、サマリヤから出て来たあの預言者の骨といっしょにそのままにしておいた。
神の人は、ユダに帰るときに、主から、どこも寄り道をしてはいけないと戒められていました。けれども、ベテルに住む老預言者が彼をだまして、自分の家に連れて来ました。けれども、この不従順によって神の人は獅子に殺されましたが、その老預言者は彼の死を悲しみ、同じところも自分の埋葬されることを望みました。そこで、神の人といっしょに老預言者の骨もそのままにしておかれます。
23:19 なお、ヨシヤはイスラエルの王たちが造って主の怒りを引き起こした、サマリヤの町々の高き所の宮をすべて取り除き、彼がベテルでしたと全く同じように、それらに対してもした。23:20 それから、彼は、そこにいた高き所の祭司たちをみな、祭壇の上でほふり、その祭壇の上で人間の骨を焼いた。こうして、彼はエルサレムに帰った。
高き所で偶像礼拝を導いている祭司をみな、死刑にしました。そしてエルサレムに帰りますが、少し疑問に思うことは、なぜアッシリヤ支配下の北イスラエルを、こうも自由に行き来できたのか?ということです。歴史はすでに、アッシリヤからバビロンに移っています。バビロンが大きくなり、アッシリヤが小さくなっていきます。実に、ヨシヤの存命中に、アッシリヤはバビロンとの戦いに敗れて、紀元前612年その首都ニネベが滅びます。だから、この地域におけるアッシリヤの支配がかなり弱められていたと考えられます。
23:21 王は民全体に命じて言った。「この契約の書にしるされているとおりに、あなたがたの神、主に、過越のいけにえをささげなさい。」23:22 事実、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代からこのかた、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえがささげられたことはなかった。23:23 ただ、ヨシヤ王の第十八年に、イスラエルでこの過越のいけにえが主にささげられただけであった。
イスラエルの国民的な霊的生活の要であった、過越の祭りを復活させました。さばきつかさたちがイスラエルをさばいていた時代、とありますが、これは士師の時代のことです。ヨシュアによってこの地に入ってきてから、もっとも盛大な過越の祭りがヨシヤの時に執り行われたのです。
4C いやされなかった禍根 24−27
しかし、ヨシヤのこの努力は国全体の回復をもたらすには至りませんでした。次をご覧ください。
23:24 さらにヨシヤは、霊媒、口寄せ、テラフィム、偶像、それに、ユダの地とエルサレムに見られるすべての忌むべき物も除き去った。これは、祭司ヒルキヤが主の宮で見つけた書物にしるされている律法のことばを実行するためであった。
公の偶像礼拝の場だけではなく、個々人の家の中にある偶像も取り除きました。っが、人々の心は本当には変わっていなかったように思われます。
23:25 ヨシヤのように心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてモーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、ひとりも起こらなかった。23:26 それにもかかわらず、マナセが主の怒りを引き起こしたあのいらだたしい行ないのために、主はユダに向けて燃やされた激しい怒りを静めようとはされなかった。23:27 主は仰せられた。「わたしがイスラエルを移したと同じように、ユダもまた、わたしの前から移す。わたしが選んだこの町エルサレムも、わたしの名を置く、と言ったこの宮も、わたしは退ける。」
マナセが行なったことによって、民はもはや悔い改めることさえできなくなっていたような状態になってしまいました。先に話しましたが、この時期に預言者エレミヤがいます。彼はしばしば、「涙の預言者」と呼ばれますが、彼は、ユダはバビロンによって滅ぼされ、捕え移されるから、バビロンに屈服しなさい、というメッセージを伝えました。そのため迫害を受けますが、このヨシヤの時代にすでに、ユダが致命的ダメージを受けていたことが述べられています。ヨシヤは最善を尽くしましたが、一人の王のリバイバルによって直るような状態では、もはやなくなってしまったのです。
終わりの時は、実はこのような時であります。神の歴史の中で、何度か、徹底的なさばきをもたらすことによって、初めからやり直させるということを神は行なわれました。ノアのときの大洪水、ソドムとゴモラ、イスラエルによって聖絶されることになったカナン人などです。罪が積み上がり、神が介入されなければ自ら全滅してしまうような状態になっているとき、神は一度滅ぼされて、それから建て上げるわざを行なわれます。それがイスラエルの身にも起こり、一度バビロンによって滅んで、それからエルサレムに帰還してエルサレムを再建させるという計画を立てておられたのです。
私たちも、そのような時代に生きています。もはや修復不能というところまで来ています。しかしだからといって、私たちが何もしなくて良い、ということではありません。ヨシヤのように、心からへりくだり、心を尽くして主に仕えることができます。その中で、もう修復不能かもしれませんが、やれることはあるのです。そして何よりも、自分自身が取り上げられるまで、神のさばきは下ることはない、ということです。
2B 戻れない道
1C 誤った判断 28−30
23:28 ヨシヤのその他の業績、彼の行なったすべての事、それはユダの王たちの年代記の書にしるされているではないか。23:29 彼の時代に、エジプトの王パロ・ネコが、アッシリヤの王のもとに行こうとユーフラテス川のほうに上って来た。そこで、ヨシヤ王は彼を迎え撃ちに行ったが、パロ・ネコは彼を見つけてメギドで殺した。23:30 ヨシヤの家来たちは、彼の死体を戦車にのせ、メギドからエルサレムに運んで来て、彼の墓に葬った。この国の民は、ヨシヤの子エホアハズを選んで、彼に油をそそぎ、彼の父に代えて、彼を王とした。
彼は39歳で死にましたが、早死の理由がこれでした。エジプトの王パロ・ネコは、ユダと戦うためにユダに来たのではありませんでした。先ほど話したように、バビロンが強くなってきており、アッシリヤがバビロンと戦うときにアッシリヤの援軍に行ったのです。けれどもヨシヤは見誤りました。彼は、エジプトもアッシリヤも脅威だと考えていました。バビロンを過小評価していました。けれども、ヒゼキヤに語られたイザヤを通しての主のことばに耳をもっと傾けていれば、ヨシヤもこのような死を迎えなくて良かったのかもしれません。彼が犯した数少ない間違いの一つです。
けれども、これは神のあわれみなのでしょうか、彼は早く死ぬことによってバビロン捕囚を自分の目で見ることはありませんでした。この三年後にバビロンによるエルサレムへの攻撃が開始されました。主がおっしゃられたように、ヨシヤは自分がいなくなるまで、ユダにおこるわざわいを見ることなく済んだのです。
2C 奴隷化 31−37
この後のユダの歴史を続けて見ましょう。
23:31 エホアハズは二十三歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナの出のエレミヤの娘であった。23:32 彼は、その先祖たちがしたように、主の目の前に悪を行なった。
元に戻ってしまっています。ヨシヤの子エホアハズは、主の前に悪を行ないました。
23:33 パロ・ネコは、彼をエルサレムで王であったときに、ハマテの地リブラに幽閉し、この国に銀百タラントと金一タラントの科料を課した。23:34 ついで、パロ・ネコは、ヨシヤの子エルヤキムをその父ヨシヤに代えて王とし、その名をエホヤキムと改めさせ、エホアハズを捕えて、エジプトへ連れて行った。エホアハズはそこで死んだ。
エホアハズの治世は短命に終わりました。たった三ヶ月です。そして、パロ・ネコによってエジプトに幽閉、そしてそこで死にました。
23:35 エホヤキムは銀と金をパロに贈ったが、パロの要求するだけの銀を与えるためには、この国に税を課さなければならなかった。彼は、パロ・ネコに贈るために、ひとりひとりに割り当てて、銀と金をこの国の人々から取り立てた。
エホヤキムは実質上、エジプトの傀儡です。エジプトがエホヤキムを通してユダを支配しました。
23:36 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はゼブダといい、ルマの出のペダヤの娘であった。23:37 彼は、その先祖たちがしたとおり、主の目の前に悪を行なった。
彼も主の前に悪を行っています。そしてエホヤキムの時代にバビロンからの攻撃が始まります。次回でユダの滅亡を見ます。悲しいことですが、けれども希望はあります。私たちも、この暗き世にヨシヤのように光となることができます。光であるかぎり、神はこの世にさばきを下すことはありません。役目が終わったとき、私たちは取り上げられるでしょう。死ぬか、あるいは携挙にあずかるかのどちらかです。それからさばきが来ます。その間、主の前でへりくだり、心を尽くして主にしたがう人生を歩みましょう。
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