終わりの時に生きるキリスト者 − ダニエル書の学び
第十回 ハルマゲドン @ (10−11章)



以下の文は、リバイバル新聞の連載「終わりの時に生きるキリスト者」の原稿です。


 とうとう私たちは、ダニエルに与えられた最後の幻に来ました。ここには、ダニエルが生きていたときのペルシヤの王から、実に、イエス・キリストの再臨に至る鳥瞰的な歴史が預言されています。その預言があまりにも壮大であり、かつ詳細にいたり正確なので、聖書批評家を最も悩ます個所となっています。

 ダニエルは10章1節にて、「大きないくさ」のことばが与えられたと言っています。これは、世界最終戦争すなわちハルマゲドンのことです。11章の後半部分にその戦いについて書かれていますが、その戦いをクライマックスとして、10章には、霊的世界で繰り広げられている戦いが書かれています。そして、11章前半には反キリストが出現するに至る、イスラエルを取り囲む諸国の戦争が書かれています。


霊の戦い

 ダニエルは過越しの祭りの時期に、部分的な断食をしていました。三週間経ったときに、ティグリス川の岸にいました。そこでひとりの人を見ました。彼とともにいた人たちは逃げ去り、ダニエルも顔の輝きがうせ、力を失ってしまいました。その人の姿は、亜麻布の衣、金の帯、緑柱石のからだ、いなずまのような顔、腕と足は青銅のようで、その声は群集の声のようでありました。この方は、黙示録1章13−16節によると、まぎれもなくイエス・キリストご自身です。

 ダニエルは、力を失ってしまって、息もできないとその方に訴えましたが、彼はダニエルを強め、「恐れるな、安心しなさい。強くあれ。」と励まされました。そして、「真理の書」(10:21)に書かれていることを、知らせようとされます。けれども、実は、ダニエルが断食をした初めの日から、この方はダニエルのところに行こうとされていました。「ペルシヤの君」(10:13)が彼に向かって立っていたのです。ミカエルが彼を助けに来たので、ようやくダニエルのところに来ることができました。そしてまた、この方は、ダニエルに語り終えたら、ペルシヤの君の後にギリシヤの君がやって来る、と言われています。

 これらの「君」とは御使いのことです。世界の諸大国を支配している霊的存在です。ミカエルは「あなたがたの君」(10:21)と呼ばれていますが、彼はイスラエルの君であり、イスラエルのために戦う御使いです。ペリシヤではクロス王が、ユダヤ人のエルサレム帰還の発令を出しましたが、その背後では、ミカエルとペルシヤの君との激しい戦いが天において繰り広げられ、ミカエルの陣営が優勢になったので、その発令が実行されたと考えられます。

 大患難において、反キリストを筆頭に、諸国がイスラエルを攻めてくることが聖書には預言されていますが、その背後には霊的存在による支配があります。黙示録12章によると、ミカエルとその使いが、天において悪魔とその使いたちと戦いましたが、悪魔とその手下が負けて、地上に投げ落とされました。そして悪魔が、イスラエルの民を追いかけて、これを滅ぼそうとします。黙示録13章には反キリストの活動が預言されていますが、それは、12章における霊の戦いがあるからです。同じように、黙示録16章には、かえるのような汚れた霊どもが、全世界の王たちのところに出て行って、イスラエルにあるハルマゲドンに王たちを集める、とあります。

 このように、イスラエルがその全歴史において迫害と虐殺があり、とくに近・現代において世界の諸国から圧力を受けているのは、悪魔と悪霊どもの仕業があります。日々のニュースで、イスラム教圏において、反イスラエルの憎悪が蔓延していること、ヨーロッパでは古くからある反ユダヤ主義が復活したこと、また他の地域でも、イスラエルとユダヤ人が世界の秩序と平和を乱す原因であるかのような見方が支配的になっていることを聞きますが、それらは、終わりの時に悪魔が最後のあがきをするその兆候であると捉えることができます。


真理の書

 11章から12章4節までに、「真理の書」と言われたそのことばが、書かれています。11章1−4節までに、ペルシヤからギリシヤに世界の支配が移ったこと、5節から20節までに、四分割されたギリシヤの二つである、「南の王」と「北の王」の戦いが書かれています。南の王はエジプトのことであり、プトレマイオス朝です。北の王はシリヤであり、セレウコス朝です。初め、南の王が優勢ですが(5−9節)、次第に北が優勢になります(10−20節)。その二国の間にある「麗しい国」(16節)イスラエルが、その興亡によって踏み荒らされます。21節から、北の王の一人として、「ひとりの卑劣な者」(21節)が起こります。彼は、8章に預言されていたアンティオコス・エピファネスであり、反キリストの型になっています。そして36節から最後の節までに、反キリスト自身についての預言が書かれています。そして12章には、イスラエルをミカエルが守り、その中で思慮深い者たちが救われ、死者もよみがえることが約束されています。

 次回、11章後半部分の預言を学んでみたいと思いますが、今回は、これらの預言が、あまりにも正確に成就している点に注目してみたいと思います。もし11章を、古代ギリシヤ史を勉強している学生が読むなら、なんら違和感なく読むことができるそうです。一度、ハーレーの「聖書ハンドブック」などを開いて、古代ギリシヤ史とダニエル書の記述を照合させてみてください。例えば、私たちも良く知っているクレオパトラは、17節の「ひとりの娘」として登場します。

 普段は聖書記述の間違い探しに時間を費やしている聖書批評家は、この個所を論駁することができずにいます。そこで彼らは、ダニエル書はダニエルによって書かれたものではなく、11章に書かれている出来事が起こった後に、後世の者が書き記したと言います。しかし、その主張は、近年発掘された死海写本によって根底からくつがえされました。死海写本が書かれたのは紀元前200年以前ですが、14節以降の出来事は200年より後に起こっています。むろん新約聖書において、イエスさまがダニエル書を引用されて、ダニエルが語ったと言われていますから(マタイ24:15)、それだけで信憑性は十分なのですが、考古学によっても、預言の確かさが証明されているのです。

 聖書はまぎれもなく、時空を超えたところにおられる永遠の神が、人を通してお語りになった、「神のことば」です(イザヤ46:9−10)。


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