イスラエル旅行記その1 − シナイ半島横断アンド国境越え
エルサレム行きの長距離バスの出発時間は朝7時半のはずだったのだが、5分待っても10分待っても来ない。その間にどんどん乗客らしき人が集まってきた。その中に黒っぽいスーツを身にまとい手ぶらで待っている黒人男性に目が留まった。さしずめ、エジプトのオバマとでも呼べる風貌。日本に戻って話しの種にでもなるかと、ツーショットを取らせてもらいたい気分ではあったが、あほらしくて恥ずかしいのでお願いするのはやめた。
結局30分遅れでバスが到着。人数に対してかなり小型のバス。何と砂漠を横断しようというのに、客のスーツケースや荷物はバスの上にロープでくくりつけて行こうというのだ。荷物を軽くしておいてよかった(我々は各人バックパック、そして食べ物飲み物が入っている小型のかばんのみ)。炎天下、7時間もスーツケースを外に置いておけば、中のものが悪くなってしまう。本当に全員乗れるのかと心配していたが、最後部座席も全部ふさがり満席だが、オーバーブッキングではなかった。感謝。
さっきから気になっていたオバマくんはなんと助手席に。後で休憩のときにわかったのだが、オバマくんのスーツの下には、大型の銃が・・・。つまり用心棒だったわけだ。旅券や国境越えの費用を集金するお世話係のような人が一人と運転手。乗務員3人体制とはご苦労なことだ。出発して10分とたたぬのに、警官がバスを止めた。そのときは検問所か何かだと思ったが、後でこのドライバーは何らかの交通違反をして警官に止められたらしい。カイロ市内を出ると、ひたすら砂漠。スエズ運河の近くになって、運河を見ることができるかと楽しみにしていたが、どこにあるか分からないままになった。帰りのときに気づいたのだが、運河を橋で渡るのではなく、トンネルで渡るために、運河が良く見えなかったらしい。
とにかく延々と砂漠が続く。シナイ山を見るぞと意気込んでいたが、単調な景色にどうしても、こっくり、こっくり。州(県?)が変わるごとに境界線には検問所が設けられていたが、特に乗客が調べられることはなかった。途中2回のトイレ休憩。7時間後にはイスラエルとの国境近くまで来ていた。マリンブルーの紅海が見えたときは感動。
これまでにも、シンガポールとマレーシアの国境に行ったとき、あっちとこっちじゃ大違い、を経験したことがあったが、今回もそう。エジプト側は、ひたすら砂漠。国境にはカジノを併設したホテルもたっているのだが、緑が極端に少ない。それとは打って変わって、イスラエル側は青々している。ようやく目的地に着いたという興奮が沸いてきたのをよく覚えている。
他の人たちはイスラエル人が多いのかと思っていたので、日本人二人で迷惑をかけはしないかとちょっと心配でしたが、他にも南アフリカやオーストラリア、アメリカなどからの人もいた。南アフリカの人とアラブ系の人は、かなり尋問がきつかったようだが、1時間半くらいで出てきた。私たちは、と言えば、「あなたたちのコネクションは何か?」と尋ねられ、夫婦ですと答えて、私のほうはすんなり通ったのだが、主人はなかなか出てこない。気になって戻ってみると、今度は私に「何歳か?」と聞く。年齢差を気にして疑ったらしいけど、正しい生年月日を言ったので、その後はすぐ通してくれた。実は、咄嗟だったので、自分の年を思い出せなくて、1歳さばを読んだ歳を言ってしまった。嘘つくつもりは全くありませんでしたけど。
入国審査を終えると、換金できる場所(銀行には見えなかったが・・・)もあって、イスラエルのお金(NIS)に少し換金しましたが、交換レートはあまりよくない。たくさん換えるなら、エルサレム市内の別のところで換金したほうがいい。
ともあれ無事入国に成功。
ただし、アラブ系の二人組みの女性が3時間ぐらい出てこなくて、その間かなり暑かったが、美しいエイラットの町と紅海を見ながら、かつてのイスラエルの民に思いをはせた。