エジプト・イスラエル旅行記 − 8月18日その3
これまでの旅程
1.ガリラヤ体験(Galilee Experience) 2.ガリラヤ湖遊覧船 3.聖ペテロの魚 4.カペナウム
海岸と丘
ここガリラヤ湖畔の北側は、ずっとなだらかな丘になっていますので、どこからでも主が群集に向かって御言葉をお語りになれたのではないかと思われる地形です。その中で、次に行く山上の垂訓の伝承的な場所もありますし、そしてサイトで調べたら、「種まきの入江(Cove
of the Sower)」というのがあるみたいです。Bibleplaces.comの中にある次のサイトを開いてみてください。→
Cove of the Sower
ここで主がマルコ伝4章にある、種まきのたとえを語られたのではないかと言い伝えられています。おびただしい群集に押し寄せられるようにして、主は陸地にいることができず、湖の上の舟に乗って、そこから種まきのたとえを語られました。写真を見ると、いかにも適地という感じがしますね。さらに、その岸辺からだと丘の上まで二人で会話をすることができるほど、音が透き通って聞こえるそうです。私も外国の地で、1キロ先の人の会話も聞こえるんではないかと思われるほどの静けさの漂うところに行ったことがありますが、都会にいると昔なぜマイクを使わないで何千人の人に話せたのかが分からなくなりますね。
5.山上の垂訓の山
そしてこの丘のさらに上に、きれいな教会が建っています。世界で最も引用されている聖書の言葉、山上の垂訓を記念する教会です。八つの「幸いなるかな」にちなんで、教会が八角堂になっています。そしてここから、ガリラヤ湖のきれいな景色を眺めることができます。
ここからデービッドがマタイ5章1-12節までを話します(音声は
こちら)。いつも読んでいる箇所ですが、本当に打ちのめされる主の言葉です。
ここの場所は主が説教を垂れた実際のところかどうか分かりませんが、カペナウムから西のこの丘一帯であることは確かでしょう。山上の垂訓、つまりマタイ5章から7章は、世界のあらゆる宗教で引用されている箇所です。イスラムもしかり、仏教でもそうです。チベット仏教のダライ・ラマもこれをよく引用します。聖書の真正性を信じない自由主義の牧師もここから説教をしますが、適切な解釈をしていません。一つ一つ見て、主が本当に言われたかったことが私たちの頭に残りますように。
ある人はこれを、「御国の原則」であると言います。「幸いです」の原語マカリオスは、外側の状況に従う幸せとは違い、内側の貴方の状態です。周りで何が起こっていても、内であなたがどうなのかとうことです。マカリオスは、すでに信じている者に語られています。例えば、「心の貧しい者は幸いです。」と言われる時に、自分の全財産を売り払って貧乏になるということではありません。これから心を貧しくするよう動機付けておられるのでなく、御国における信者の本当の姿が描かれているのです。つまり、私たちが本当に新しく生まれているのであれば、どのような姿でなければいけないかを教えています。
この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。
主は弟子たちを個人的に教えようとされました。群集は至る所にいたのですが、弟子たちを傍に寄せられました。
そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。
悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。
柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。
義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。
あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。
心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。
平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。
義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。
わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。
喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。
山上の垂訓において鍵になる言葉は「義」です。私は質問を受けましたが、ユダヤ人は天国に入るのにどうしなければいけないと考えているのか、ということですが、答えは「義」です。けれどもイエス様が教えられたような義ではありません。セデクと言いますが、正しい行ない、行為を意味します。政暦の正月であるロシュ・ハシャナ、ラッパを吹き鳴らす日があり、十日目にヨム・キプール(贖罪日)があります。一年における最も神聖な日で、99パーセントのユダヤ人がその日シナゴーグに行きます。この時期を彼らは「畏れの日」と呼びます。自分の全ての行ないを評価し、神の裁きを免れるようにするのです。ユダヤ人と付き合うなら、この時期にするといいですよ。ネクタイが欲しければ、彼は自分のをあげるでしょう。セデクを信じているからです。
けれども主がここで行なわれているのは、こうしたユダヤ人の義についての文化に対峙するものです。鍵になる聖句は20節で、「もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、はいれません。」とあります。
この八福において、始めは三人称複数(彼ら)が使われています。そして最後に弟子たちに対して適用を行ない、二人称複数、あなたがたに変えておられます。「あなたがたは幸いです」と。これは「迫害されている者は幸いです」を弟子たちに適用されているのです。
第一番目は「心の貧しい者は幸いです。」です。この「貧しい」は窮乏状態です、何にも持っていない人のことを言います。あなたの心で大事だと思っているものが全て剥ぎ取られた時、あなたは幸いですということです。私たちの誇り、自尊心がこれを認めません。私たちにとっては不可能な業です。
これを言い換えるなら、「絶え間なく自尊心を拒む」です。誇り、自慢は酷いものです、主が第一に忌み嫌われるものです。「高ぶる目(箴言6:10)」です。御霊に心を開く時に、主は私たちに、この高ぶりを砕くような状況を私たちに与えてくださいます。一円の価値もないことを示してくださり、けれども貴方を愛し、用いてくださるのです。「あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。(1ペテロ5:6)」
第二番目は「悲しむ者は幸いです。」です。ここの「悲しむ」は、愛する者に先に絶たれて泣くことを意味します。主に拠り頼む生活を送るときに困難に直面した時、この状態です。この時の約束は「慰められる」です。慰められない時があります。まだ自分に自信があったり、自分に頼っていたり、自分を過大評価していたりすると慰められません。全てが剥ぎ取られて、親友を失ったかのように泣いている時、慰められます。神は「すべての慰めの神(2コリント1:3)」です。「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。(2コリント1:4)」
第三番目は「柔和な者は幸いです。」柔和な人が、どうして全地を相続するのでしょうか?「柔和」という聖書の言葉はしばしば誤解されています。主は、「わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。(マタイ11:29 口語訳)」と言われました。ギリシヤ語は語彙が非常に多い言語ですが、一つ一つの単語に反対語と類似語があります。「柔和」の反対語は何でしょうか?「仕返し」です。誰かがあなたの心を突き刺すようなことを言って、それに対して丁重な言葉遣いで、刺のある言葉を投げ返したり・・・。けれども、信者の心とは無縁のものなのです。あなたが悪いことをされた時、仕返しするのを拒むのが柔和なのです。仕返ししたい思いを手放してしまいましょう。
第四番目、「義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。」正直になりましょう、一日のうちに、神の義を知りたくて飢え渇いている時がどれだけありますか?自分は信者だし、新生したし、神のしもべだし・・・と自分に満足しているかもしれませんね。けれども、主のことを知りたくて飢えてしまいそうな人をここで描いておられます。これを言い換えて、「神と正しい関係でいることを、絶え間なく認める。」としました。
でも問題があります。例えば「口」です。傷つけるような言葉をいとも簡単に言ってしまいます。そういうつもりはなかったけれども、結果的に傷つけているとか。どれだけ、その人と仲直りしたいでしょうか?謝ったら、相手は赦してくれないばかりか、自分を傷つける言葉を投げかけるかもしれません。ここで私たちは試されます。神と正しい関係にあるならば、人と正しい関係にいることができます。
第五番目は「あわれみ深い者は幸いです。」これは難しいです。救いにおいて神の恵みと憐れみがありますが、「恵み」は自分に値しないものを神が与えてくださることです。「憐れみ」は、私たちが受けるに値するものを神が控えてくださることです。つまり憐れみ深いとは、失敗したり、自分に罪を犯した人に対する私たちの態度のことを言います。どんなことがあっても、その人を赦すということです。恨むのは無益なことです。気分を害するのも無意味です。
「あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。」神は私たちが他の人に憐れみ深い時に、私たちに対して憐れみ深くしてくださいます。誰も、赦されるに値しない者です。赦しは神の恵みによるもので、憐れみに満ちているからこそできることです。
第六番目は「心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。」ここの箇所について注解書を読むと、何ページにも渡ってこの意味するところを説明しています。自分が正しい心になっているときにこれを読むと、結局、それらの説明は書いている本人たちが自分を弁明し、正当化していることが分かるのです。「心のきよい」というのは、私たちが考えるとおりの「きよさ」のあのです。これを「主との、きよめられた関係」と呼びましょう。
終わりの日に、私たちは顔と顔を合わせて主を見ますが、ここでの神を見るは意味が違います。神がどのような方を見ることができるいうことで、その妨げになっているのが不純な動機であったり、悪い意図であったり、何か自分の心に正しくないものがある時に見ることができません。「心のきよい」とあります。外側だけがきよいのではなく、内側もきよいのです。
そして「見る」は「知る」ということです。箴言に何度も出てきます。主がどのような方でどのようなことを行なわれるか、私たちが自分の行ないを清める時に、さらに知ることができるのです。自分の思いの中で罪を楽しんでいると、それができません。「もしも私の心にいだく不義があるなら、主は聞き入れてくださらない。(詩篇66:18)」
第七番目は「平和をつくる者は幸いです。」ですね。これは世の中の人が好む言葉です。自分たちの、例えば交渉を正当化させるためにこの言葉を使います。「土地と平和の原則」とか。イスラエルの敵が、この言葉を何度も何度も使います。
主が意味されているのはそういうことではなく、「その人は神の子どもと呼ばれるからです。」神との平和を持たなければいけないのです。これは、信仰によって義と認められることによる結果です(ローマ5:1)。主が行なわれたことに対する信仰のゆえに、義であるとの宣言を受けるのです。
また、ピリピ4章6節にはこうあります。「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」ここの「守ってくれます」は、自分の脳に城砦を設けるという意味です。
そして、神との平和を持ったら人との平和も持ちます。一つの例を差し上げます。信者の方ですが、不信者の妻が離婚すると言って、離婚調停で闘う準備をしていました。彼は金持ちだったのです。彼が相談してきたので、私は、「全部あげてしまいなさい。」と勧めました。彼はそれを始め信じられませんでしたが、この助言に聞き従いました。相手は驚きました、弁護士を雇って臨戦状態でいたのですから。彼女は全部得てしまったのですが、もう戦う相手がいません。どうすれば良いのか分からなくなりました。平和を造りたいですか?神と平和をまず持ってください。
私たちは、平安を持つためには掴んでいるものを手放さなければいけません。例えば遺産相続とか。主が与えられたのですから、主が取られるのです。主が世話してくださいます。
私は、父の遺産を見て、一日中泣きました。彼は大金持ちでした。彼が会計士に残していた収支決済書には、200人の宣教師のために、教会や学校の敷地を買うなどして使われていたのです。私は大学に入るのに全部お金を払いました。最初の車も自分で払いました。学校を買うことのできるお金があったなんて・・・。69年に父が亡くなった後に、私がしなければいけないことが分かりました。アフリカで私の兄(弟?)が宣教の働きをしているのですが、彼の支援のために使いました。それ以降、実に平和でした。彼は僕のことをとても好いてくれています。
アフリカの働き人が家に来て、服を何でも良いからもって行きなさいと言ったら、彼は文字通り全部持っていってしいまいました。文字通りその言葉を受け取ったのです。だから着る物が何もなくなってしまったのですが、何か平安な気持ちになったのです。
第八番目は欲しくない約束ですね、「義のために迫害されている者は幸いです。」そして、「悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。」とあります。私がどれだけ酷い人間かということを、たくさん読みました。ほとんど一種のお遊びにさえなっています、インターネットでとか、ありもしないことが書かれています。
ティム・ラヘイと私がクリスチャンのキャンプで話すことになっていたのですが、車の中で私が前に、ティム・ラヘイは後部座席にいました。キリスト教番組をラジオで聞いていたのですが、「ティム・ラヘイのために祈らなければいけません。奥さんのベバリーさんと離婚してしまいました。」ティムは「何だって!?」と言っています。すぐに奥さんに電話しました、自分がもしかしたら知らないことを知っているかもしれないと思って。もちろんお二人は、もう60年以上も結婚しています。要は、ティムが教えていることが嫌いな人がありもしないことを流すのです。この噂はかなり広まり、ジェームズ・ドブソン博士が彼の自宅に電話してきて、「カウンセリングが必要でしたら、言ってください。」と言ってきたり。その噂を打ち消すのに数ヶ月かかりました。
イエス様はこのような時、「幸いです」と言われているのです。言い換えると、誰もあなたのことを悪く言っていないのであれば、あなたに何かおかしいところがあるのです。イエス様は、「もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。(ヨハネ15:18)」と言われました。
これまで三人称で語られていたのに、弟子たちのほうを向き「あなたがたは幸いです」と言われました。彼らは、この後、主のために大きな苦難を背負いました。けれども、「天においてあなたがたの報いは大きい」と言われました。だから、気分を害して、この報いを見失うことがありませんように。「こんな非難を受けました!」すばらしいじゃないですか。
メノナイト教会の中央会議が私を異端の中の異端としました。イスラエルについての見識のゆえです。彼らはイスラエルの国旗を滅ぼそうとしました。(注:おそらくデービッドの事務所にある国旗のことだと思います。)だから、もっと立て掛けようかと思います。
全ての人を喜ばす方法は、「言わず、やらず、何でもなくなる。」です。これが大多数のクリスチャンが選択していることで、サイレント・マジョリティー(物言わぬ大衆)になっているのです。これは止めましょう、主のゆえに、義のゆえに立ち上がりましょう。あなたのことを憎む人はいるのです。主からこう言われればよいのです、「よくやった。良い忠実なしもべだ。私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。(マタイ25:21)」
これを聞いて、私はボクシングで連続パンチを受けて、ノックダウンされた気分になりました。そして恥ずかしくなりました。なんと自分がいとも簡単に、その反対のことを行なっていたか気づいたからです。自然にいたら、心を貧しくさせるのではなく太らせるし、悲しむのではなく笑うし、仕返しをしたくなりし、憐れみは示したくないし、心のきよさなんか、汚れた思いがいとも簡単に入ってくるし・・・と。これを一言でまとめたら、「自分というものを徹底的に否定する」ということだと思います。
これがまさにメシヤの国であり、主はご自分が教えられたことを十字架への道で実践なさいました。
Near East Tourist Agencyに、このことについて
興味深い記事がありました。自分という偶像を取り払えというメッセージだった、という解釈です。英語ですが、よかったら読んでみて下さい。
ゲネサレの平野
この山上の垂訓の丘からガリラヤ湖を眺めると、右側にゲネサレが見えます。非常に肥沃な土地だそうです。そしてさらに向こうにはアルデル山が見え、ここから海の道をまっすぐに行くことができるそうです。このゲネサレで主が多くの人を癒され、またパリサイ派から汚れた手で食べているという詰問を受けられました。(マルコ6-7章)
6.ダブガ
そしてタブガです(新改訳の後開きの地図には、「タビハ」となっていました)。ここをヨセフスは、「カペナウムの井戸」と呼びました。七つの泉があり(その一つが
こちら)、そこから出る暖かい水が湖を暖かくし、そこを格好の漁場としています。そのため「七つの泉」をギリシヤ語で「ヘプタペゴン(heptapegon)」と言いますが、アラブ人がこれを早く発音すると「タブガ(Tabgha)」になるそうです。(明日訪れる「バニアス」もそうですが、アラブ人はPの音をBにしか発音できないとか。駐車場の「パーク(park)」が「バルク」になってしまい犬が吠える(bark)ように聞こえてしまうそうです。)主な魚はもちろん、当時も今も
ティラピアです。
ここには二つの教会があるそうです。「そうです」というのは、一つ「ペテロの首位権教会」は行ったのですが、もう一つは「
パンと魚の増加教会」は行かなかったからです。後者は、ここでイエス様が五千人に給食を与えたところとして言い伝えられているからだそうです。
ただ、先ほど通過したガリラヤ湖北東の沿岸がベツサイダで、そこが五千人の給食の場所のはずでは?と思われるかもしれません。ルカ9章10節によると「
イエスは彼らを連れてベツサイダという町へひそかに退かれた。」とあり、その後で群集が付いて来て給食を施しています。けれどもマルコ6章45節によると、給食を施した後「
イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、先に向こう岸のベツサイダに行かせ・・・」とあり、給食の場所がベツサイダではないことになってしまいます。それで実はベツサイダと呼ばれたところは二つあって、タブガもベツサイダと呼ばれていたという学者がいるそうです、私が調べたところによると。でも、いや一つだという人もいて意見が分かれているようです。
ということでこの出来事を記念する教会があります。有名なのはモザイクで、こちらの
パンと魚の絵です。
そしてもう一つの教会「ペテロの首位権」は、イエス様が復活された後、イエス様が岸辺でパンと魚を朝食として作っておられ、釣りをしているペテロたちをお呼びになった所として記念している教会です。この教会を含め、タブガの景色を
Bibleplaces.comのサイトでお楽しみください。
また、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを初めに召された時もここではないかと言われています。ルカ5章1節には「
イエスがゲネサレ湖の岸べに立っておられた」とありますが、ゲネサレの平野がすぐそこに広がっています。
デービッドが今日最後のメッセージをここからします(音声は写真をクリック)。朗読箇所はヨハネ伝21章全部です。
五つの要点で話します。第一に、イエス様が現われた重要性です。1節に、「もう一度ご自分を弟子たちに現わされた」とあります。なぜ復活後にまた現われたのでしょうか。一つに、ご自分が生きていることを証明するためでした、当たり前ですね。もう一つは、神の国のことを語るためです(使徒1:3)。40日間お語りになりました。さらに、彼らの働きを整えるためでした。「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。・・・しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒1:5,8)」
このことを話された後に、昇天されました。ところで、主はゆっくりと天に上がられました。「イエスは彼らが見ている間に上げられ(10節)」とあります。ここのギリシヤ語は英語のシアターの語源にもなっていますが、ゆっくりと上がっているのをじっくり見るという意味になっています。そして「白い衣を着た人がふたり」とありますが、天使だとは書いてありません。いつも出ている二人のコンビは、モーセとエリヤだと思います。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。(11節)
」
第二に、弟子たちが魚を釣れなかったことがあります。これは変ですね、彼らは魚釣りについては何でも知っているはずです。「何もとれなかった。(21:3)」すべて神のご計画の中にあり、神は魚をも支配されています。
第三に、6節から11節までのイエス様の指示です。ここで分かることは、一つに、自分がこうではないと思っていても、主が言われていることであれば行なうということです。主は、「舟の右側に網をおろしなさい。(6節)」と言われました。冗談でしょと普通なら思います。でも彼らは行ないました。あなたにはこのような信仰がありますか?もう一つは、あなたが求めているものを見出すことです。
そしてさらに、大事なことは主と交わることです。「さあ来て、朝の食事をしなさい。(12節)」主はすでに、魚とパンを用意されていました。ペテロがヨハネにこういったんじゃないかと思います。「主はどこで食べ物を入手したんだろうか。」
第四に、イエス様が愛について教えられたことです。ペテロは愛の言葉を変えました。イエス様が使われた言葉を使いませんでした。イエス様が、「これら以上に、わたしを愛しますか。(15節参照)」と言われました。(注:日本語訳では「この人たち以上に」となっていますが、英欽定訳では"these"つまり、「これら」となっています。それで次の二つの解釈ができます。)イエス様は、「これらの魚以上に、わたしを愛しますか。」と言われたかもしれません。けれども私は、「この人たち以上に、わたしを愛しますか。」のほうが適切だと思います。でも、「あなたはわたしを三度否定しましたね」ということです。こんな風に主がペテロに対峙されたなんて想像できますか。
イエス様が「わたしを愛しますか。」と言われたとき、アガパオーと言われました。これは聖書だけの言葉だと言う人がいますが、違います。当時のギリシヤ語の文献をすべてコンピューターのデーターに入れるプロジェクトを二つの大学が行ないましたが、そのソフトウェアを見に私も招かれました。アガパオーを検索してほしいと言ったら、聖書だけでなく、一般の文献にもたくさん出てくるのです。だからイエス様がこの言葉をペテロに使われたとき、真新しい単語ではなかったのです。
そのプログラマーの方はクリスチャンではないのですが、私が「なら、当時使われていたアガペやアガパオーにはどんな意味があったのですか。」と聞きました。彼の答えが頭にずっと残っています。「何か、自分以外の人や物の事を気にかけるというものです。」まさに、これです。聖書には、アガペは神から来ているとあります。「神は愛です。(1ヨハネ4:16)」とあります。それで私が深く考えました。「自分の利益にならないで、他の物や事を気にかけたことがあるか」と。ほとんど、こんなことしないなあって。
ペテロは、この言葉を知っていながら、意図的に変えて「フィレオ」を使いました。フィラデルフィアなどにも使われていますが、友達に使う愛です。つまりこうなります。「あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。「主よ、わかっておられると思います。私はあなたを気に入っています。友達ですから。」イエス様は少し待たれて、また聞かれました。「シモン。あなたは本当にわたしを愛しているんですか。」「主よ、お分かりじゃないですか、私があなたを好きなことを。友達でしょう。」
そしてイエス様は三度目に聞かれました。この時に限っては、「あなたは、わたしの友達ですか。」と言われたのです。私の翻訳では、ペテロはこの時「切れました」。これがギリシヤ語の意味で、かなり気分を害しました。なぜ、主が三度も聞かれたのでしょうか?そう、ペテロが三度イエス様を否定したからです。ペテロは打ちのめされたでしょう。
そしてペテロは、自分の行動を正当化でもするかのように、「主よ。この人はどうですか。(22節)」とヨハネのことを聞きました。「彼の事は気にしなくて良い。ただわたしに、ついてきなさい。」
そして誤解のないように、主はペテロに教え諭しました。「あなたは、小さな男の子のように自分のことを世話できますか。毎日服を着て、靴のひもを結んで。あなたは自分の行きたくないところに連れて行かれ、殺されたくないのに殺される。」と。非常に真正性のある伝承では、ペテロは十字架にかけられただけでなく逆さに磔にされました。なぜなら、自分の主のように死にたくなかった、自分はそれに値しないと思ったからです。何かが、彼の心を砕いたのです。ここで起こりました。「あなたは、わたしを愛しますか。」と。
主のすべてを見通す目で、あなたを見ておられます。そして、「本当に、わたしを愛していますか。」と聞いておられます。「わたしに、ついてきなさい。」というのは、多くの意味を持っています。ペテロの場合は、多くの苦しみを意味していました。ペテロが第一の手紙5章分を書いていますが、苦しみについての内容です。
私はいつもこのイエス様の言葉を聞くと、普通の状態ならペテロと全く同じだと感じます。心砕かれて、祈りの心でただ神の憐れみにすがらない限り、「はい、愛しています。」と答えられません。必ず自分の利益が先に来ます。付け足しのように主の利益を考えるという、自己中心的な心です。
ちなみに、私はそこの「これらを」はそこにある魚と解釈していました。ペテロの職業は漁師ですが、彼はその仕事に戻ろうとしました。そして失敗しました。そして最初に召されたのと全く同じように、主に言われたとおり網を降ろしたら、大漁でした。そして主は、「わたしの羊を飼いなさい」と言われました。つまり、まったく経験のない牧羊へと職業を変えよ、という呼びかけのような気がするのです。もちろん羊といっても人間でありますが、自分が経験したことが無いものの中に、主が私たちを召しいれます。
この後、首位権の教会の中に入って賛美をしました。
ミグダル(マグダラ)
私たちのバスはタブカを出た後、反時計回りに走りました。再び、ミグダルを見ます。
アルデルの崖が見えます。その手前が緑になっていますが、今ミグダルには新しいモシャブ(キブツのような家族経営の共同体)があり、オリーブ、バナナ、柑橘類を栽培しています。
当時の海の道(幹線道路)は、ガリラヤ湖の北側からこのアルベルの崖の間を走っていたので、ここは4万人もいた大きな都市でした(カペナウムは1500人でした)。ティベリヤが首都となった後も、ユダヤ人はそこに移動するのを拒み、ここにい続けました。ユダヤ人の反乱においては多くの人が戦い、ここは血と死体に満ちました。その後再び、舟を造る村として再開したそうです。このすぐ近くで、ガリラヤの舟も見つかっています。
7.桟橋レストラン
この後、再び夕方の交通渋滞に巻き込まれながらティベリヤのホテルに戻りました。お昼に聖ペテロの魚を食べたのに、夕食も「デービッドのおごり」ということで、桟橋にあるレストランで夕食を取りました。99年も行ったことのあるところです。
同じ敷地にティベリヤで有名な中華料理店があります。(ところで、そこの中華料理店、食物規定に従っています。中華料理をどうやってコーシャーできるのか・・・。汗)
99年の時は本当にびっくりしました。桟橋に船がいきなり近づいてきて、何と着船したのです。Hope
For Todayのメンバーはそれに乗り込み、パーティーを船上で楽しみました。
今回は人数が多かったせいか、船が近づいて私たちのことをお祝いしてくれましたが、船には乗りませんでした。そして歌と踊りを披露してくれました。ちょっとちゃっちいですが、まあ面白かったです。
今回の旅行で、たぶん体重は少なくとも2キロは太っていると思います。(汗)